愛するのは

「それ食べたら、もう帰りなさい」

 渡邉わたなべみなはきょとんとした顔でフォークを動かす手を止めた。

「どうしてですか? 今日は学校も休みなのに」

 口内のものを飲み込んだ水葉は訊いた。

「……どうしてもよ。私といるとあなたがダメになる」

 大倉おおくら真紀まきは、これ以上耐えられないの、と付け足した。

「何人も女の子を抱いて、歯の浮くような言葉をかけてはもうあなたしか愛せないって約束して、すぐにそれを裏切って、もう何回も……忘れるくらい何回もよ? ずっとそうしてきた。今度こそは最後にするって決めて、その度に!」

 一気に言って、真紀は顔を覆った。裸に真紀のシャツを羽織った水葉は、それの何が問題なのかわからない、といった表情で首を傾げた。

「別にわたし、真紀さんになら泣かされても全然オッケーですけど」

 真紀さん美人だし。屈託なく笑う水葉に胸が締め付けられる。なればこそこの子から笑顔を奪うわけにはいかない。

「ダメよ。もうこれきり」

 毅然と言い放つ。縋る水葉に服を押し付け、部屋の外まで強引に追い出す。

「なんで」

「……ごめんなさい。さようなら」

 ドアの閉じる音が、一際大きく響いた。

 水葉を追い出した部屋は広かった。膝を折り、声をあげて泣いた。ベンチャー企業の若き女社長という立場は、おおよその欲望を一時的に満たすのには役立った。だが、いくらでも手に入る財と力に較べて、本当に愛を注ぐことのできる相手だけはどうしても見つからず……その度に女を泣かせ、自身も泣いた。


「真紀さん!」

 出勤のために玄関を出た真紀は、そこにいるはずのない――幾多の自分が愛し、そして愛された女性と同じように関係を断ったはずの渡邉水葉と鉢合わせた。背後にハイヤーが停まっていた。

「もう終わり、そう言ったわ」

「わたしは納得してない」

「……私が嫌なの。これ以上誰かを傷つけるのは」

 真紀は頭を振る。何かから逃げるように。

「真紀さん」

「帰って」

「真紀さんっ!」

 そのまま抱きついて唇を奪う。

「水葉っ」

「わたしで最後にしてください。捨てるのじゃなくて、愛するのを、です」

「……っ」

「わたしは真紀さんに、またそんな顔をしてほしくないんです。女の子をフッて傷つくのは、その女の子たちだけじゃなくて、真紀さんもなんですよ」

「……」

 どうして。

「どうして……そこまで言ってくれるの?」

「好きだからに決まってるじゃないですか! だから傷ついてもいいし、傷ついてほしくないんですよ」

「………っ」

 今の真紀に、嗚咽を堪えることはできそうもない。

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