入れ替え

 湖面に映ったあなたを見つめる。

 わたしがまばたきをすれば、あなたの形のいい目は長い睫毛をしばたたかせる。わたしが右腕を上げれば、絹のローブに包まれたあなたの腕が持ち上がり、わたしが握って、開いてを繰り返せば、あなたの手もその通りに姿を変える。薄い桜色の髪も、華奢に透き通る水晶のような肌も、すべては美しく、わたしのもとにあってはいけないものなのに、わたしが自由に動かすことができた。


 わたしたちを襲った魔法使いは邪悪で凶悪、そのうえわたしたちには到底太刀打ちのできない魔力を持っていた。二人は必死で抵抗したが、魔法使いは大した苦もない様子でわたしたちを倒し、わたしの精神は親友であるあなたの肉体からだに閉じ込められた。わたしは気がつくと故郷から遠く離れた見知らぬ地に飛ばされ、二人は互いに永遠の離別を強いられたのだと思ったものだ。

 しかし、わたしはその程度のことでは諦めず、親友の身体でわたしの身体の手がかりを探した。入れ替えスワップの魔法。わたしと親友をそれを使える魔法使いは有名だったが姿は知れず、また誰もが恐れていたために尻尾を掴むのに時間がかかったのだ。


 水面を掬い上げ、彼女の顔を丁寧に濡らし、最高級のタオルと最高級の化粧水で綺麗に拭いて潤いを保つ。元来肌心地になど拘らなかったわたしがここまでするのは、ひとえに彼女の美貌を失いたくないからだ。

 すっきりしたところで、湖畔から山の頂を見つめる。

 あそこに、入れ替え魔法を放った憎むべき仇敵がいる。何ヶ月もの旅路の末、ようやくそれを突き止めた。


 頂に至る森にはいくつもの魔術トラップがあった。そのすべてを乗り越え、打ち破り、わたしは森の開けた場所に出た。

 人の背が見えた。瞬間、その背は翻った。あの時の魔術師は、わたしのに――親友にナイフを突きつけていた。その肢体はだらんと垂れ下がっている。抵抗できないよう催眠をかけたか。

 私が来ることを、まるで予期していたかのような周到ぶりだった。

「よくもここまで来たものだ」

「無駄話はいいわ。早く返して」

「そんな口がきけるのかな。がどうなってもいいと?」

 魔術師が口元を歪める。当時のことを思い出し、一瞬竦んだ脚を……持ち直す。

 大丈夫。勝算はある。

「ねぇ、入れ替え魔法って」

 杖を握る。術式発動済み。

「なんだ?」

ってこと、ご存じ?」

「は?」

 敵は呆けた。一瞬だったが充分な時間だった。

「目標直近、吸収そして開放ラーンオーバー! まじなうはよ、『彼我を入れ替えろスワップ』!」

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