Dear my Mother, by your Daughter.

 結婚式は小高い丘の上の、小さいけれど綺麗で可愛らしい教会で挙げることになった。

 ウェディングドレスは何度か下見のときに着てはみたものの、やっぱり見た目が美しい代償かと思うくらいには歩きにくい。それでも、彼が私の腕をしっかりと掴んでフォローしてくれたおかげで、転ばずに教会まで辿り着くことができた。

「じゃあ、先に行ってるから」

「……うん」

 彼の背中を見送って、私は後ろを振り返る。


 母が立っていた。私の育ての母で、自慢の母だ。



 母と私は血が繋がっていない。私は元々、とある養護施設に拾われた子である。施設長によれば、22年ほど前の雨の朝、赤ちゃんポストに毛布に包まれた私が入っていたのだという……だから、産みの親のことなど知らない。知る必要もないが。

 母は施設から私を引き取り、女手一つで育て上げた。元々子どもがおらず、前年に夫と離婚していたという母は、知人の紹介で養子縁組を勧められたという。当時の記憶はおぼろげだが、覚えている限りでは母と一緒に原っぱかどこかでシャボン玉を追いかけている、というのが最も古い私の記憶だ。

 とどのつまり、私の記憶の中心には母がいて、楽しかったことも哀しかったことも、全部母の顔に紐付いている。母は元気かつ強い人で、いつもあっけらかんと笑っては私を勇気づけてくれた。その分、実は養子なんだよ、と私に告げたときの母の表情は強く印象に残っていた。私は少なからず動揺したけれど、それでもその場で母を抱きしめた。声もあげないで泣く母を見て、ずっとこのことを抱えてこんでいたんだと、痛いほどにわかった。

 姉妹か夫婦のように仲の良い母娘だと、近所からも友だちからも評判だった。実際、私は母のことが大好きだったし、血の繋がらない私のことを、何よりも大切にしてくれる彼女をとにかく誇りに思っていた。喧嘩して家を飛び出したこともあれば、仲直りに同じケーキを買ってきて笑い合ったこともある。母はいつも、いつまでも自慢の、私にとって唯一の人だった。



 腕を組む。ヴァージンロードをあんたと歩きたいのよ、と母はずっと言っていた。

「でもまさか、こんなに早くそれが叶うなんてねぇ」

 笑顔が少しだけ寂しそうに映った。

「まだ泣いたりしないでよ?」

「まさか。あんたこそ、鼻水だらけの花嫁なんてカッコがつかないでしょ」

「言ったな〜!」

 それでも二人して、ボロボロに泣き腫らして写真に映ることになった。嬉しかった。

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