すれ違い

 大学からの帰り道、目抜き通りに面したコンビニエンスストアの新装開店は、思いもよらぬ「青い鳥」を連れてきた。


 自動ドアをくぐる。果たして彼女はそこに居た。こちらに気づくと、とびきりの笑顔でいらっしゃいませ! の一言をくれる。黒髪をポニーテールで結ったほそおもての美人で、長袖のブラウスの上から店指定のエプロンを着けていた。背はかなり高く、店の自動ドアにすれすれだ。スタイルが良く、メゾソプラノのよく透る声でハキハキと喋る。買い物なんてしなくていいから、彼女だけを眺めていたくなる。

 私は愛しの彼女に会うために、このコンビニに通い詰めている。元より通りすがりの店なので利用頻度は高いが、こと彼女が勤め始めてからというもの頻繁にここにお金を落としている。有り体に言えば一目惚れというやつだが、いかに強靭な精神力でもってそれを防ごうとしても彼女を相手にすれば艱難を極めるだろう。


「いつもありがとうございます!」

 そう言ってお釣りを渡されたときの私の喜びときたら他に例えようもない。覚えてくれたのだ、私のことを! 天にも昇るような心持ちというのはまさにこのこと。しなやかな指は心地の良い冷たさで、下手すれば握り込んでしまうところだったのをこらえるのに苦労した。


 このままでは客と店員の関係のまま終わってしまう。私は意を決した。コンビニは新装に伴い、多少の人事再編を行ったようで、体力のある若年層を店員として募集していた。よもやそこまでするとは自分でも思っていなかったのだが、気づいたときにはこれまでのバイトを辞め、履歴書を片手に面接に臨んでいた。


 晴れて私はコンビニエンスストアの店員となった。しかし、禍福は糾える縄の如し――彼女は、私の勤務2日目にして、理由も告げずに店を去った。


 納得がいかなかった。何故。下心があったことを否定はしないが、私は貴女と一緒に働きたかったのに! 日常は突如色を失い、私は目的もなく、宙ぶらりんのままコンビニで働いた。平日夜間の労働は、講義に響いて辛かった。

 図らずも私は、ここで働いていた頃の彼女と似たようなポジションに就いていた。若い女性がそもそも少ないのだ。彼女を失った心の傷は、私が彼女に近くなることでしか癒やせなかった。


 数ヶ月後。就活の本格化を受けて、私は店のエプロンを脱ぐことになった。多少の引き留めはあったが、概ね円満退職である。


 最後の日。この一抹の寂寥を、彼女も感じたのだろうか。私の頬を、柔らかい風が撫ぜていく。

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