常夜の森

 森の奥で道に迷った。

 そこは、『常夜とこよの森』というおそろしい名のついた場所で、その名の通り、昼でも木々が日光を遮って薄暗かった。幼い私は心臓を押し潰されそうになりながら、どうにか道らしきものを辿って……一軒家を見つけた。

 外壁は煉瓦造り、表の壁は漆喰で塗り固められていて、黒檀のドアには鈍色のベルが付いていた。辺りは薄暗い森の中でもひときわ闇が深く、私は直感的にここにいては駄目だ、と思ったが、他に縋るものもなかった。ドアを叩いた。

「あの………すいません! 道に迷ってしまって……あの、森の出口まで案内をお願いしたいのですが」

 なるべく大きな声で、私はそう訴えた。程なくして、家の中をせわしく動き回る音が聞こえ……ドアベルが揺れた。

「何?」

 魔女、というものがいるとすれば、彼女のような者のことを指すに違いない。大きく尖った真っ黒い帽子、同じく暗黒の色を宿したローブに、右手には宝珠や呪紋ルーンの埋め込まれた杖。昔話で聞かされた通りの姿が、玄関先に現れた。

 ただ、イメージと違ったのは、彼女がであったということ。白髪でも鼻でもなく、赤茶色の毛と鼻筋の通った顔立ちを持った、美人といい切っても不都合はないような、そんな女性だった。

「あのっ、すいませんその、道に、迷ってしまって」

「……人間の子?」

 彼女は顎に手をやりながら、首を傾げた。こんなところに来るはずがない、と言いたげに。

「はい、そうです……アンといいます、薬草を採りに来たんですけど」

「……ちょっと待ってて」

 彼女は一旦奥へ引っ込んだ。その後すぐに、杖の先に真っ白なフクロウを載せて現れた。

「こいつは道案内の達人なんだ。いや……達フクロウ? とにかく、こいつについていけば人里まで出られる」

 私は目を丸くした。フクロウと視線が合う。フクロウもまた目をぱちくりさせ、私を見ている。

「森を出たら、私を見たってことは誰にも言わないで。魔女ってだけで理不尽に追っかけ回されちゃかなわないからね」

 そう言って、彼女……魔女は黒檀のドアを閉じた。後には魔女のフクロウと、子どもの私だけが残された。


 その後、フクロウは私が見失わない程度の速さで飛んで、森の出口まで案内をしてくれた。私の住んでいる村が見えたときにはもう飛び去ってしまっていたが。思い返すだに不思議な話である。


 十数年経ち、方位磁針を片手に常夜の森を進む年頃の女の子は、無事に記憶の中の家を見つけたという。

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