捨て台詞
一周を車で10分足らずの小さな島で、住民のほとんどが後期高齢者。役場のほかは診療所、漁業組合センター、廃校寸前の学校……限界集落といわれれば返す言葉もないが、わたしはこの島が好きだった。
3日に一度、物資を積んだ船が泊まる港から、道なりに森を進んだところがわたしの職場だ。
「おはよ……あ」
扉を開けると、珍しく客がいた。
佳菜だった。
「調査研究でね」
「あぁ、地歴系だっけ」
「うん。離れてみるといろいろわかる。ここの地表は富士噴火の……」
佳菜とわたしはこの島で育った、いわゆる幼馴染だ。といっても、その年の生まれはわたしと佳菜しかいなかったけど。中高は特別に船を出してもらい、本土の学校に通っていた。
わたしはここでの暮らしに満足していたが、佳菜は違った。小学校を卒業して訪れた先の本土の中学校で、全く違う世界に刺激を受けたようだった。だからここを出て行くことを、特段不自然とは思わなかった。
あれから10年、今わたしの隣で島の地層について話す佳菜は本当に楽しそうで。
「……あっ、ごめん! 興味なかったよね」
「そんなことないよ⁉」
一緒に育ったのに、わたしの知らない佳菜がそこにいる。
それが嬉しいようで、少し寂しくもある。
「
「覚えてるよ〜! そりゃもちろん」
あの捨て台詞を、片時だって忘れたことはない。
『いつか美里にもっと凄い世界を見せてあげるから』
記憶の中の佳菜と、目の前の佳菜がオーバーラップする。あの時と同じ、真剣で、強い眼差しがわたしを射抜いていく。
「最初は美里を島から出すつもりだったんだけど、梃子でも動こうとしないからさ」
「あはは」
そういうつもりはない。しかし、結果的にそうなったことも否定できない。
「……私と直接関係はない部署なんだけどね。ここと本州を橋で結ぼうって計画が上がってるの」
え、と思わず声が出る。
「片側一車線の連絡橋。船もコストがかかるし、かといってこのまま限界集落化していく島を放っておくわけにもいかないって」
決定権はなくても、佳菜が少しくらい口利きしたのだろうということは、わたしにも読めた。土壌的には面白い土地だというのならば、橋は佳菜にも助けとなる。
「まだ計画段階だし、どうなるかはわかんないけどさ」
佳菜は歯を見せて笑った。
「橋ができたら、遊びに来てね」
もっと凄い世界を、見るために。
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