ふしだらな睦み

 見た目には品行方正だが、その実ふしだらな内面を秘めている……というのは古今東西、どんな人間でもあり得るケースだ。

 わたしが今組み敷いているのはそういう人間だった。なべ夕夏ゆかは頼れる上司としてみんなに慕われているわたしの先輩で、わたしのだ。別に、わたしが脅したとか弱みを握ったとか、そういうのではなく、夕夏のほうからそういう関係になることを持ちかけてきた。

 夕夏は今、ネクタイとブラウス以外は何も身に着けておらず、裸の下半身をベッドの上でわたしに曝け出している。彼女には抵抗や口答えは許されない。ネクタイは器用にも、猿轡と手錠の両方の役割を果たしているからだ。

「どうしてほしい? 」

 ここのところ、責め方のコツがわかってきた気がする。相手が絶対に不可能なこと、または困難な行為をお願いめいれいすればよろこぶのだということ。できない、という意思表示に対しては、やや乱暴に……暴力的にならない程度に、胸倉を掴むなどするとよりらしいということ。

 夕夏はわたしの2つ上。同部署ながら特に仲がいいというわけでもなかったが、ある日、会社の給湯室でやたらと息の荒い彼女を見つけた。心配したわたしが、体調でも悪いのか、それともパニック発作か喘息か、と矢継ぎ早に質問したのが発端はじまりだ。夕夏は顔を火照らせながら、違うの、といずれも否定し、手に持ったピンク色のリモコンを見せてきた。バレたら終わり、それが快感なの、という言葉を添えて。


 自分にサディストの気があるなんて知らなかった。夕夏の趣味を知ってドン引きしなかったかというと嘘になる。ただ、この気持ちを引き出してくれた夕夏には感謝しているし、今はこの関係がとても心地良いのだ。


 潤んだ瞳は懸命に何かを訴えようとするが、ネクタイの轡がそれを音の形にすることを許さない。

「うん? なに? 聞こえないよ? 」

 んー、んー! という、呻きにもならない呻きが耳を幸福で満たしていく。背徳の快感が背筋を駆け上っていく……それはおくびにも出さず、わたしは「不機嫌な女王様」を演じる。

「言いたいことも言えないなんて。女王様のおしおきが必要かな? 」

 いやいや、と夕夏は首を振る。本当の拒否ではない。やめてほしいときは一切のアクションを止める、と取り決めてある。

 ふぅ、と耳に息を吹きかけ、そのまま甘く噛んでやる。それだけで、夕夏はびくりと震える。何度も、何度も……恍惚を浮かべて、胸に抱いた身体がふと重くなった。


 この睦みは続いていく。

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