菜の花の贈り物

『菜の花鉄道』とは洒落た名前だ。3000円の参加費と、長い拘束時間をなんとかしてくれれば言うことはないのだが。

 あずま志帆しほは、流れていく車窓をボケーッと眺めていた。大学が勧めるボランティアというやつは当たり外れが大きい。今回は外れのほうだ。

 毎年走る菜の花鉄道は、地元から有志を募って、参加者向けに菜の花の解説やスタンプラリーの先導なんかをさせる。ボランティアとはいえ一応スタッフの筈だが、参加費をきっちり徴収されるのは納得がいかない。


『皆様、間もなく左手に県内屈指の菜の花畑が見えてまいります。総面積8ヘクタールに及ぶわが町の菜の花畑は……』

 立ち上がり、マイクを片手に話し始めても、乗客の大半はおしゃべりに夢中だった。果たして何人が志帆の話に興味を持ってくれただろうか。高校の頃に放送部に入っていたから、その点に関して自信はあるが、ここでそれが生きても仕方がないし嬉しくもないし……薄っぺらいシートの上で、志帆は溜め息を吐いた。


 列車が停まる。ここからは歩いて菜の花畑の周囲を散策する。畑の中は遊歩道が整備されている。降車して一息ついていると、志帆に背後から声がかかった。

「あ、あのっ……! 」

 振り向くと、そこには5、6歳くらいの女の子が立っていた。何かを後ろ手に持って、恥ずかしそうにもじもじしている。

「どうしたの? 」

 中腰になって目線を合わせる。子どもは嫌いではない。

「あのね、菜の花、描いたの」

 女の子は、はいっ、とばかりに、画用紙を志帆に差し出した。彼女の言うとおり、紙にはいちめんに菜の花畑が描かれている。クレヨンの筆跡は力強く自由で、てらいがない。一目見て気に入った。

「あげる」

「いいの? ありがとう! 」

 にっこりと笑って、志帆は紙を受け取った。女の子は歯を見せて笑い、それでもなお照れくさそうに身をよじった。愛らしい。

 紙の右下には、“おねえちゃんへ しばたゆき”という文字が踊っていた。

「お姉ちゃんのおはなし、わかりやすかった」

 女の子……ゆきは、こんな絵を車内で描いてしまうほどには志帆の解説を気に入ってくれたらしい。

「ねぇお姉ちゃん、今からスタンプラリーでしょ? ゆき、一緒に行ってもいい? 」

「いいの? 」

 思わず訊き返した。すてきなお客さんだ。

「じゃあ、行こっか」


「ねぇゆきちゃん、菜の花って実は食べられるんだよ。知ってた? 」

「えーっ」

 お姉さんすごいね、物知りだねぇとゆきに褒められながら歩く菜の花畑は、なんというか……満更でもなかった。

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