嵐の夜に

 非常に威力の強い台風が、日本列島に上陸した。

 中心気圧は、予想最大瞬間風速は、進路は……テレビやラジオの報道がまるで別世界のそれのように響き、しかし不安を掻き立てる。朝から止むことなく吹き付ける風は雨戸を聞いたこともないような音で揺らし、雨はひょうじみた激しさで屋根を叩いていた。



「本当に大丈夫かな」

 非常用のLEDライトを点検していたよしが、憂いを帯びた顔つきでぼそりと呟いた。ふたりで暮らし始めて1年弱、天災らしい天災はこれが初めてだ。

「……絶対大丈夫とは言い切れないけど、避難だけはいつでもできるようにしといたほうがいいだろうね」

 洗濯物を畳みながら、私は答える。アパートの大家さんは非常用電源を確保し、住民全員の飲料水の確保もある、と言っていた。言ってはいたが、不安を拭うこととイコールにはならない。

 点けっぱなしにしていたテレビが、警報音とともに災害情報を告げる。隣県に避難勧告。同時、強まった風がアパートの外壁に襲いかかった。

「……」

 芳乃は不安げにテレビを見つめた。

「この辺りももうすぐかな……狩野かの川が溢れなければいいけど」

「うん……」

 芳乃は再び、LEDライトの電池を詰め替え始めた。どうにもいたたまれない。

「ねぇ才加さやか、今晩私たち……どこで寝ることになるかは分からないけどさ」

 不意に、芳乃が私を振り返る。仔猫のように潤んだ瞳と目が合った。

「お願いがあるの」

「何? 言ってみて」

 私は苦笑し、続きを促した。


「お願い……ってこれ? 」

 布団を一つしか出さないで、なんて言うから何かと思ったら、芳乃が私のお腹に抱きついて寝ようとしている。

「だって、心細いもん」

 もごもごと芳乃が答える。パジャマ越しに息が当たってくすぐったい。本当に母猫に甘える仔猫みたい……なんて思いながら、芳乃の頭をさするように撫でてやる。

「トイレ……いくときは……おこしていい……から……」

 夜になって一層風雨が強まったが、芳乃は私に抱きついてさえいればいいらしく、そう言ってすぐに寝息を立て始めた。私と芳乃はあまり体格が変わらないはずだが、彼女は器用に私のお腹から脚あたりに収まっている。こちらとしても湯たんぽを抱いているようで、9月を過ぎて下がり始めた気温に対応するにはちょうど良いかもしれない。

 外は相変わらずこの世の終わりのような音を立てているが、芳乃のおかげで私にも眠気がやって来た。


 翌朝はウソのように晴れ渡り、私たちは吹き飛ばされた植木鉢を片付ける作業に追われるのだった。

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