牛刀

 婦警のやまつむぎが追っていたのはただのひったくり犯の筈だった。カートを押す老人を背後から狙い、そのポーチを盗み取る、狡猾にして小物の。


 所轄の警官に応援を頼み、犯人を袋小路に追い詰めた。足は速いが土地勘に疎い犯人のようで、紬下さいの追跡に観念したような素振りを見せた――が。

 応援の警官の姿が見えた。ほっと一息をついた瞬間、。犯人が凄まじい勢いで蹴り上げたのだ、そう紬が理解するまでの間、犯人は懐から牛刀を取り出し――警官が落下すると同時、その腹部へと突き刺した。

「いやあああああああああっ‼ 」

 紬の悲鳴が響く。牛刀はすぐに引き抜かれ、警官の傷口から噴水のように血が吹き出した。犯人は血のついたままの牛刀を手に、再び駆け始めた。

 紬にそれを追う猶予はなかった。119番にコール、自らは負傷した警官の意識をどうにか保たせるので必死だった。警官が搬送され、手当を受け、警察の人間である紬が事情を聴かれている間、牛刀を持った犯人は、この街に放たれたままだった。 



 数ヶ月が経った。少なからず紬にはトラウマがあったが、負傷した警官が回復したこともあり、徐々に生活を取り戻しつつあった。


「ふーっ……」

 一日の勤務を終えた紬は、薄暮の中、帰路に着いた。

 紬は昔から、生まれ育ったこの街が好きだった。街を守るために警察官の道を選んだ。パトロールに積極的に参加していたのはそれが理由で、事件以来難しくなってはいたが、それでも紬はめげなかった。

 自宅アパートは街の外れにあり、小さいが心地の良い住まいだった。部屋の鍵はオートロックだ。

 警官である前に一人の人間である紬にも、安全は保障されて然るべきだ。

 そのはずだった。

 アパートに到着した紬は、自分の部屋の郵便受けに何かが投函されていることに気付いた。木製の、取っ手のようなものだ。

「なんだろう? 」

 引き抜く。意外な重みがあった。取っ手以外はビニールと新聞紙に包まれていて細長い。小包の類では無いようだが……。

(いたずらかな)

 慎重にビニールを、新聞紙をめくっていく。

(……えっ)

 目に飛び込んできのは、血。赤黒く変色し、纏わりつき、こびりついた血。

 それは……木の柄と鋼の刀身を兼ね備えるそれは、間違いなくあの日見たに違いなかった。


 翌日から、「牛刀男」による暴行傷害事件が起こるようになった。紬は事件の担当となったが、嘲笑うように彼女の管轄で事件が発生し、それはまるで一つの意志のように、彼女を絶望へ誘っていった。

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