施しのセイレーン
玲は泳ぐことと水の中にいることが好きで、私と会った頃はよく笑い、冗談を飛ばす女の子だった。髪も今みたいに短くはなかったし、私を含めた友達とレジャー施設のプールで日がな一日遊ぶことも多かった。しかし高1の春、県大会で優勝した玲は、その頃から周囲に重い期待を寄せられるようになった。比例するように口数は少なくなり――今や、「クールなアスリート少女」で通るようになってしまった。
「何見てるの、ハンナ」
プールサイドでタブレット端末を弄っていた私の隣に、全身をくまなく濡らした玲がやって来た。ハンナ・マイクロフト……私の名前。7歳の頃に親の都合で日本へ。以来10年、すっかり英語のイントネーションが怪しくなってしまった。
「雑誌の記事。ほら、この間の大会の」
「あぁ……」
両手をタオルで拭いた玲に、タブレットを預ける。
「かわいく撮れてる」
私と二人のときなら、玲はこんなふうに冗談を言ってくれるし、白い歯を見せて笑ってくれる。
「玲はいつもかわいいでしょ」
「あはは」
本気なのに。玲はタブレットを私に返すと、自前の魔法瓶に入れたスポーツドリンクを浴びるように飲んだ。よく日焼けした肌に珠が浮かび、嚥下のたびに形のきれいな喉が鳴って、揺れる。飲み口から口を離した瞬間の、わずかに開いた唇。競泳水着はたっぷりと汗と水とを吸い込んでそのすべてが、今この時間……二人きりでプールにいるこの瞬間、私だけが見ることを許される、天使の光臨。
本当は、雑誌にだって撮られてほしくないのに!
「……さて、じゃあもう少しだけ」
「あっ、待って玲! 」
制服の下に、自前で買った水着を着ていた。もちろん学校指定ではないため、先生に見つかったら大目玉だ。
「だいたーん! 」
制服を脱ぎ捨てた私に、玲は冷やかすような声をかける。私は胸元を押さえて、おおげさにやだぁ、と恥じらってみせる。
「ねぇ、玲」
泳ごう。きっと来年はこんな風に遊ぶ余裕もないだろうし。玲はもちろん、と笑って、ノータイムで水しぶきを浴びせてきた。やったな! 私も応戦!
「ハンナ! その水着、似合ってるよ! 」
「ありがとー!! 」
きゃあきゃあと笑い合い、私たちは水に踊った。
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