時を超えて、願い

 不思議なカレンダーを手に入れた。

 過去の日付に丸をつけて寝て起きると、その日まで時間が巻き戻る、という代物だ。やけに高値で蚤の市に売られていたが、そういうことだったのか。最初のうちは面白がって1ヶ月前に丸をつけたりしていたが、本当に巻き戻ってしまって後悔した。未来には行けないらしく、丸をつけても何も起きなかった。わたしは控えめに、それでもそこそここれを活用していた。


 憧れの先輩がいた。同じ吹奏楽部で、副部長で、率先して動くがでしゃばるようなことはしない。分け隔てなく接し、気は明るく心根は優しく、化粧もしていないのに美人で。勉強も運動もそれなりにできる……最初は彼女を妬んでいたが、やがて好意に変わった。

 同じ空間にいるだけで幸せだった。パート練習に付き合ってもらっているときは心臓が口から飛び出そうだった。

「すごいじゃん! このパート難しいのに。完璧だよ、さくらさん」

 とびきりの笑顔で褒められた。嬉しかった。気を抜くと泣きそうだった。

 本当に、大好きな先輩だった。



 全身の血が抜け落ちたような感覚だった。

 先輩が車に撥ねられた。搬送され、意識不明の重体だと連絡を受けた。

「嘘でしょ」

「……本当なんだ」

 部長は、電話口で重々しく言った。

「……とにかく、今から行きます」

 受話器を置いてすぐ、カレンダーに丸をつけた。眠るまでは効果が出ないから、そのまま病院に行った。先輩の顔には、無数のガーゼがテーピングされていた。医者の歯切れは悪く、先輩の意識は帰ってこなかった。



 戻る。1日前。

 部活のない日だった。3年の授業が終わるまで待ち、校門で声をかけた。

「先輩っ」

 傷のない顔がこちらを振り返る。動いて、歩いている。こちらを見つけて、その顔が微笑に歪む。

「なに? 桜井さん」

「あの…………」

 言葉は出なかった。事情を説明してもわかってはもらえないだろう。よく考えればこれだけでタイミングがずれ、先輩は事故には遭わなくなる筈だったが、わたしは見えない何かに、背中を押されたような気がして。

「……告白、しても、いいですか」

「えっ」

「好き、なんです。貴女の、はぎ由梨ゆりさんのことが」

 絞り出すような声で、思いの丈をぶちまけた。

 やや間をおいて、顔を茹でダコばりに紅くした先輩は、震えながらわたしの手を取って――いいよ、私で良ければ、と告げた。


「そのカレンダー、ずっと持ってるよね。何年も前のなのに」

「えぇ、由梨さんの縁起ものだから」

「え? 私の? どういうこと? 」

「ふふっ、秘密です」

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