氷解

 海を臨む岬に、スーツを着込んだふゆの姿はあった。

 海は穏やか、風もない。空は晴れている。およそ自死には程遠い空気だが、なつは場所と不釣り合いな旧友の格好に妙な胸騒ぎを覚え、車を止めた。

「摩冬! 何やってるのそんなところで」

「夏海! 」

 駆け寄る夏海に摩冬は驚いたようだった。この岬近くの街で一緒に育ったふたりには、成長して進学先を違えても交友があった。

「ちょっと、ね。就活でミスっちゃって、気分転換」

「あー……もうそんな時期か」

「いいわね、家業継いだ人は」

 摩冬はいたずらっぽく言って、その後で相好を崩した。

「うち来なよ。母さんに会うのも久しぶりでしょ? 」

「高校のとき以来? 」

「もうそんなになる? 」

 積もる話がいっぱいあるな、と夏海は思った。車を出してUターンする。

「県外の大学だっけ」

「うん。面接の都合でたまたま戻ってきててね。なーんもないとこだと思ってたけど、一旦離れてみると恋しくなるのよ」

「あはは」

「そっちはどう? 彼氏できたって聞いたけど」

「あぁ……別れちゃったの、実は」

「えーっ⁉ 引く手数多の夏海が⁉ ものすごい贅沢だよその人! 」

「からかわないの! 摩冬だってその気になれば入れ食いでしょ」

「何言ってるの……ね、窓開けていい? 」

 もちろん、と夏海は快諾した。夏海の実家までの短い間だが、海風を招いてドライブを楽しんだ。


 夏海の母は急な来客をそれでも歓待した。母と話す摩冬はずいぶんと楽しそうだ。やはり杞憂だったのか、と思う一方、心のどこかで気にかかっていた。

 それで、部屋で呑むついでに思い切って本人に問い質すことにした。


「えっ? 自殺? 私が? 」

 ないない、絶対ないよ、と摩冬は首を振る。嘘には聞こえない。今度こそ夏海は胸を撫で下ろした。

「いやー……安心したよ。就活ミスったなんて言うから」

「そんなことで死にはしないって」

「良かった。ねぇ摩ふ――」

 振り返った瞬間、摩冬に抱きしめられた。

「え? な、なに摩冬、どうしたの」

「夏海。間違ってたら怒ってほしい」

「……え? 」

「……死のうとしてたの、夏海のほうでしょ? あんなところに車で来て」

「……………」

「彼氏と仲良かったって聞いたから。あそこにいた私を見ただけでそんなこと考えるなんてまさか、って思って」

「…………」

「夏海。泣こう。思いっきり。泣いていいんだよ」

 摩冬の声は暖かかった。夏海の思いを見透かす温度で。

「だから別れたくらいで死なないで、ね? 」

 うん、うんと頷きながら、とめどなく涙が溢れた。

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