秘密

熊谷くまがいくん、明日までにリストアップお願い。篠原しのはらくん、資料のコピー、機密シークレットだから処理を。西谷にしたにさんは明日のハイヤーの手配、お願いね」

 社長はいつも完璧に仕事をこなす。てきぱきと指示し、タスクを瞬時に片付け、自他に厳しくキビキビ動いては業績を上げる。それでいて、社員のことは第一に考えている。

 かじすみ社長は、社員にとって憧れで、目指すべき目標のひとである。一代でこの会社を日本を代表するまでに育てあげた。そして今年度より私……西谷由佳ゆかが秘書の役目を仰せつかることとなった。

「はい! 既に手配済みです。伊豆でしたよね? 」

「その通り。仕事が早くて助かるわ」

「畏れ入ります」

 ぺこりと頭を下げる。ハイヤーを頼んだ六天無ろくでなし交通は社名に反して誠実で細やかな仕事をする。外見や名前で他人を判断するな。これは梶社長の口癖だ。


 うーん、とひとつ伸びをして、梶社長がこちらを振り返った。

「今日はここまで! お疲れ様、西谷さん。上がっていいわよ」

「はい! お疲れ様です! 」

 時計を見ると、終業にはいい時間だった。私もデスクから立ち上がり、身体をほぐしながら社長に訊ねた。

「社長は帰られないんですか? 」

「少しやり残したことがあってね……キリのいいとこまでやっておきたい」

「えー……最近ずっとじゃないですか。たまにはお休み入れないと体に毒ですよ? 」

「ふふ……ありがとう。でも今は大事な時期だもの。手は抜けないわ」

 梶社長はお茶目にガッツポーズを作って見せた。


「それでは、お先に失礼しまーす! 」

「気を付けてね」

 ……というやりとりを交わして僅か数分。私は忘れ物を取りに、再びオフィスへと舞い戻った。

「えへへ、忘れも…あれ? 」

 真っ暗なオフィスに社長の姿はなかった。代わりに、社長室から明かりが漏れていた。ここに社長が? そっと扉を開く。

「……! 」

 私は、そこで信じられないものを見てしまった。

 社長の背中がぱっくりと割れ、中から複雑怪奇な機械腕が何対も伸びているのを。梶社長が心底リラックスして、機械腕で淹れた紅茶を飲んでいるのを。よく見ると、社長の足元に車用のオイルが置いてあるのを。

 すっかり腰が抜けた私に、社長は気付き、振り返る。

「あら、西谷さん」

「ご…ごめんなさ……」

「もう帰ったのかと思っていたわ」

 軋む腕。

「見かけで判断するな……とはいっても、そりゃ驚くわよね」

 器用に伸びて、オイル缶の蓋を開ける。

「でも――」

 紅茶とオイルを口と背中で飲みながら、社長は言った。

「悪くないものよ。サイボーグ化手術は」

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