妖狐
「ただいまー! 」
実家でもないのに、あたしはいつもそう言って
「また来たの、
「ねっねっ、陽子さん。新作できた? 」
あたしが女子高生の頃から、陽子さんはこの家で雑誌に
「そろそろ締め切り近いんじゃないの? 」
「大きなお世話よ! 言われなくても分かってますっての」
本当かなぁ、内心訝しみつつ、あたしは陽子さんの斜め後ろに陣取った。お座敷で執筆する陽子さんの綺麗なうなじが、この位置からだとよく見えるのだ。
ワインレッドの七分丈ワンピースに、純白のカーディガン、髪をシニヨンに結いつけ、家の中でもお化粧をしている。はじめて知り合ったときと寸分違わない容姿。顔つきも体つきも髪型もまったく同じ。好物も嫌いなものも小説の作風だって、陽子さんはびっくりするくらい「変わらない」。
一度家族に、陽子さんは実は文字通り「
知り合ってまる8年になる。あたしは高校も大学も卒業して、新卒で就職先も見つけたが、陽子さんは変わらない。今だってベッドの上で、駄々っ子のようにいやいやとかわいい顔を振っている。はじめて抱いたときとまったく一緒。お風呂で、ベッドで、何度も何度も唇を落とした
ときおり真剣に考えてしまうことがある。本当に陽子さんが妖狐で、あたしは騙されてるだけなんじゃないかって。でも――。
「ひな…の………やめちゃうの……? 」
本能をくすぐる甘く弱々しい声で、まるで仔犬が鳴くように陽子さんは言った。考え事をして、手が止まっていたらしい。あたしは返事の代わりに優しく彼女の頭を撫ぜた。
「やめませんよ。最後まできっちり付き合ってあげます」
「よかった」
陽子さんは無邪気に抱きついてきた。こんな甘えん坊が、実は妖狐。
でもまあ、それはそれで面白いかも、ね。
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