一日一本千字宣言

参径

翡翠の瞳

 目の覚めるようなすいの瞳を持った女の軍人がいた。彼女は戦争でその片方の翡翠を失い、革の眼帯を着けていた。

 彼女は、元は敵国の佐官であった。わたしたちの国と戦争をしている最中、彼女は掠めた弾によって視力を奪われた、と言っていた。その後、敵国首都は陥落し、彼女は志願して捕虜となった。祖国の制式装備であったダークグレーの軍服を脱ぎ、わたしたちの――彼女にとって敵国である、深緑の軍服に袖を通した。

 よく仕事ができ、しかも美人だった。同じ女として、彼女の境遇には同情できるところがあった。わたしは彼女を重用し、可愛がった。はじめのうちはあまり笑わなかった彼女も、日を重ねるにつれて――ぎこちなくではあるが――微笑を見せるようになっていった。その様は非常に見目麗しかった。わたしはいつだったか、辛気臭い基地に向日葵が咲いたようだよ……なんて歯の浮くような文句を述べたことがある。彼女はお世辞はやめて、と言いながらも嬉しそうに笑っていた。





 ある日、事態は急転した。国の首都防衛ラインが突破され、鉄壁と謳われたこの基地にも敵兵の工作部隊が侵入した。その手際は恐ろしいほどに良かった。瞬く間にわたしたちの基地は制圧された。

 混乱の中、わたしは参謀室で敵兵たちに追い詰められた。彼女は? この期に及んでなお、わたしは愚直に彼女の名を呼んだ。


 かつり、と、文字通りに軍靴の音が響いた。わたしは目を見開いた。小銃を構える敵兵たちを指揮していたのは、の軍服に身を包んだ彼女だった。

「どうして」

 震える声でわたしは問うた。

「どうして、ですって? 」

 翡翠の瞳が不気味に歪み、彼女は見たこともないような哄笑を口に浮かべた。

「自分でお考えなさいな、将校さん」

 どのみちもうおしまいなのだし、嘯く彼女は、懐から拳銃を抜いた。

 驚いたことに、目的を果たしたはずの彼女は、片方の翡翠から涙を零していた。

「――あなたの笑顔は好きだった。敵である私を受け容れて、あまつさえ傍においてくれた。正直、楽しかったわ」

 濡れた声でそう言い、彼女はトリガーに指をかけた。

「……でも、その瞳が恨めしかった! 私のひだりとは違う、その目が! 」

 澄んだ翡翠に暗黒が宿った。死ぬのだ、わたしは思った。しかし、彼女の放った弾は脳天を外れ――わたしの右半分の視界を朱に染めた。

「これで同じね、私と」


 それ以来、わたしは右眼の視力と祖国を失い、残った左の世界には、よりくっきりと翡翠が映るようになった。

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