邪法の剣


「わしの手の者が辰巳兄弟の様子を日々見張っておってな。明音を殺めてから十日もたたぬうち、二人は熱を出して倒れた。腋下や股ぐらが腫れ上がり、歩けなくなるまで半月もかからなかったな」


 宗厳にはまだわからない。久秀はなんの話をしているのだ。


「兄も弟もなまじ頑丈な体をしていたから、つらかったであろう。手足が黒ずみ、壊死してからは早く死にたがっておったそうな。終わったというのは、あの二人が仲良く同じ日にくたばったという報を昨日受け取ったからじゃ。明音の望み通り、辰巳兄弟は苦しみぬいて死んだ。最期は体中が黒ずんだ痣に覆われていたそうな。わしが明音に授けた、邪法の剣に冒しつくされたのじゃ」


「まさか、明音は」


 邪法の剣の正体を察して宗厳はうめいた。その先は口にするのも汚らわしい。明音は己が敗北したら辰巳兄弟に慰みものにされることを見越した上で、あらかじめ体内に疫病を仕込んだのだ。


 宗厳が理解したことに満足げな久秀が、言葉を続ける。


「明音が宿した病は黒死病ペストといってな。かつて西洋で国を滅ぼしかけたほどの猛威を奮ったという。病を宿す異国の鼠を堺で仕入れ、足首を噛ませておいたのよ。咳を受けても危ういと言われておるのに、同じ家の下で幾度もまぐわえば移らぬはずがない。明音には梅毒も仕込ませておいたゆえ、あの兄弟は病に抗う力も奪われていたじゃろう。喜べ宗厳。おぬしの愛弟子は見事仇討ちを果たしたぞ」


 宗厳はその言葉を呆然と聞いていた。確かにそれほどまでの病魔を宿したなら、剣で戦うよりもずっと殺しやすいだろう。だが、己の命と、憎き仇に体を蹂躙されるという屈辱と引き換えだ。しかも自身は仇が死ぬところを見届けられないのだ。


 それほどまでに仇討ちをしたかったのか、明音。


 柳生で新たな生を得て、自分や兄弟子たちと共に剣の道を歩むことを拒否してまで成し遂げたかったのが、そんな最期だったのか。明音の復讐の炎を消せなかった己をただ悔いた。


 久秀が残念そうに首をひねっている。


「辰巳兄弟を皮切りに、あわよくば筒井家中に黒死病を広めてやるつもりであったが、あそこのしま左近さこんという奴が切れ者でのう。怪しい病と見るや、倒れた者たちの骸を家ごと焼き払ったそうじゃ。さすがに焼かれれば移らぬ。そうそう、おぬしらも明音の骸を荼毘に付したそうじゃから里に病が広まることはあるまいよ。安心せい」


 これ以上久秀と話をしていたくなかった。宗厳は手を伸ばし、久秀が持っていた明音の懐剣を奪い取った。その剣幕に久秀が笑う。


「そう怒るな。わしを責めるくらいなら、なぜおぬしの手で殺人刀せつにんとうを教えてやらなかったのだ」


 新陰流が伝えるのは活人剣だけではない。自ら仕掛け、敵を討つ殺人刀という技術もある。だがそれを教えるということは、自ら死地に踏み込む覚悟を明音に与えてしまうことになる。早まった行為に出ることを恐れ、宗厳はあえてその技術を明音に伏せていた。


「明音の身を案じたのであろうが、余計なお世話というものじゃ。天狗斬りもさっさと教えてやればよかったのではないか。教えられるものならな」


 沈黙する宗厳の前に立ち、久秀は柄杓を取り出して見せた。


「天狗斬りなどというまやかしをおぬしが新陰流の技だと喧伝したせいで、あの娘は見なくともよい夢を見てしまった。わしがおぬしのいかさまを暴いてやろう」

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