冬
柳生の里は冬支度が始まっていた。
吐く息はかすかに白く濁り、そよぐ風にも寒気が漂う。宗厳はそれを厭わぬ様子で、眼前の墓に手を合わせたまま長い間微動だにしなかった。
立ち上がった後も、そこから離れがたいように、瞑目したまましばらく墓の前にいた。だが、寺を後にしてからの歩みは弛みなかった。鳥居をくぐり、一刀石の前に立つ。そこには久秀の姿があった。
「ご無沙汰しております」
「うむ。東屋で明音の話をしたとき以来か」
その名が出るたび、今でも宗厳の胸は痛む。結局あの娘が地獄に落ちることを止められなかった。この後悔は生涯抱き続けねばならぬものだろう。
久秀が懐剣を取り出し、宗厳に差し出した。かつて宗厳が弟子入りの際に明音に授けたものだった。
「こたび来てもらったのは、すべての事が終わったあと、これをおぬしに渡すよう明音から言付かっていたからじゃ」
「すべてが終わった、とは?」
懐剣を受け取らずに宗厳は訊ねた。
終わったあとというなら、明音が亡くなったひと月前に渡せばよかったはずだ。なぜ今なのだ。
あの日のことはよく覚えている。知らせを聞いて宗厳がその場に駆けつけたとき、すでに明音は物言わぬ骸と化していた。
明音と辰巳兄弟の立ち合いについては、目撃した者からおおよその話を聞いた。明音は二対一の状況であるにも関わらず、真正面から兄弟へ向かって行ったという。その太刀は金造の槍にたやすくはたき落とされ、銀次の槍で足を突かれると、あっという間に転ばされ、組み伏せられてしまった。泣きわめく明音は、二度と立ち向かうことも逃げることもできぬよう、手足の健を切られ、縄で縛られ、辰巳兄弟の家へと連れて行かれたという。その後、娘盛りの明音がどのような目に遭ったかは想像に難くない。あんな腕でよく仇討ちをしようと思ったものだ、新陰流を破門になるわけだ、と目撃した者が呆れていたそうだ。なぜ明音が活人剣を使わなかったのか、宗厳にはわからないし、今さら論じても詮無いことだった。
明音の骸は清められ、すみやかに
宗厳の渋面をよそに、久秀は薄笑いを浮かべていた。
「だから、終わったのじゃ。負けることも、殺されることも、はじめからわかっておった。明音はすべて承知のうえで辰巳兄弟の前に立ったのじゃ」
「それは、どういうことですかな」
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