仇敵

 明音の先導で二人は山を下りることにした。明音は早足で、黙々と歩みを進めた。下手に老人に話しかけて、興味のない話を始められても困る。老人の話など、説教か昔の自慢話かのどちらかと相場が決まっているのだ。それに、話にかまけて歩みが遅くなっても困る。夜闇の中、老人が足でもくじいて倒れてしまったら、背負って帰らなければいけなくなる。そんな面倒は御免だ。


 しかし、道意は構わず話しかけてきた。なぜ老人というものは若者と話をするのが好きなのか。うんざりしつつも適当にあしらおうとした明音だったが、道意の話は説教でも自慢話でもなかった。


「天狗斬りができれば、今すぐでもあいつらを殺しに行きたいとつぶやいておったな。あいつらとは誰のことかね」


「……誰でもいいではないですか。暇つぶしに話すようなことじゃないですよ」


「力になれるかもしれんぞ」


 思わず振り向こうとして、やめた。こんなひょろっとした爺さんが加勢したところで、どうにかなる相手ではない。


「疑うかね」


 道意のくぐもった笑い声が耳に障る。そのときふと、明音は道意の身なりが品の良いものであったことを思い出した。そのへんの貧乏寺の住職というわけではなさそうだ。大和やまとの寺社の勢力は強く、ときには大名を動かすことすらある。物は試しだ。明音は言葉を選びながら、記憶の蓋を開けることにした。


「七年前、あたしが十才のときのことです。たった一人の身内だった姉が殺されました。好いていた村の男と山小屋で逢引きしているとき、隣村の悪人兄弟に見つかり、襲われたんです。男は殺され、姉は……嬲られるだけ嬲られたあと、小屋の外に打ち捨てられました」


「不運なことじゃな」


「たまたまの出来事ではありません。そいつらに姉の居場所を教えた者がいたのです」


 もう何百回も何千回も思い出している光景なのに、声が震えた。


「それはあたしです。あの兄弟の悪い評判はそれとなく聞いていたのに、訊かれた拍子につい答えてしまったのです。姉があたしを置いて出かけて、一人で田植えの片づけをして。なんで一人で片づけしないといけないんだって不貞腐れてたところに、お姉ちゃんに話があるんだ、と声をかけられて。それで、あそこの小屋だよと。二人で仲良くしているところを他の人に見つかって、あわてればいいと思ったんです。ほんの出来心だったのに」


 あのときのことを後悔しない日はない。あのとき、姉の居場所を教えなければ、連中は姉を見つけられずに引き返したかもしれない。あるいは、怪しい者たちが来たと村の者たちに言って回っていれば、姉を助けられたかもしれない。だがどちらもしなかった。結果、自分が見たのは、苦悶と絶望に満ちた姉の死に顔だった。身寄りを失った明音は村を出ることになり、当てのない放浪のすえ、行き倒れていたところを宗厳に拾われたのだった。

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