第彡話 モテる努力はするべきである
同日夜九時。
残りローン十二年、敷地三十五坪の一戸建て。至って平凡な家だ。
風呂に入った後は、自分の部屋で休むのが常である。
半裸でリビングをぷらぷらしていると、妹に怒られるからだ。中学生にもなると、兄の威厳はほぼゼロに等しい。兄妹仲良しで、背中から抱き付かれるなどのシチュエーションは漫画やアニメの世界だけだ。
俺は電波時計の指針を眺める。
時間も時間だ。期待三割、諦め七割といったところ。
麦茶を飲みながら椅子に背中を預けていると、ゆるい着信音が鳴った。
どうやら騙されていた訳ではないらしい。
トーク画面を見た。
微生物家族だ。
今度はミカヅキモが『
ミジンコとミカヅキモが縦に並んだ。
「う~ん」
――どう返信をするべきなのか。
昨今、スタンプのみで会話がポンポンと成立する話を聞いたことがあるが、こんな単調な会話が本当に成り立つのだろうか。半信半疑である。
とりあえず、知恵袋に質問を投稿した。
『異性とのメッセージのやり取りで、相手からスタンプだけが送られてきた場合にどう返信するべきか最適解を教えて下さい。ちなみに現在は二通『Wow』と『Yeah』が送られています。よろしくお願い致します!』
回答を待っている間に、ネットで“モテる”をキーワードに色々と調べてみる。一世一代の大イベントだ。ここは努力をするべきである。
すると、気になるテクニックを見つけた。
【ミラーリング効果】
心理テクニックの一つ。相手の会話や動作を観察し、さり気無くそれを合わせることで、親近感や信頼感が生まれる技法。好印象を与えるためには自然な雰囲気を作るのが大切。尚、会話においては、意見を肯定的に進めることも重要。実践では、緩急をつけたミラーリングが効果的である。
「なるほど――」
相手に動作を合わせるなら、同じようなメッセージのやり取りも効果的かもしれない。
俺は微生物家族のスタンプを購入した。
予想はしていたが、内容は酷いラインナップである。日常的にあまり使わない一言のオンパレード。コミュ力が低い俺としては使い勝手が悪い。
……ちょっと待てよ。これはさり気無くではないかもしれない。
こんな流行っていないスタンプを偶然持っていました、などの言い訳は成立しない。明らかに好意的だと相手は捉えるだろう。ともすれば、キモがられる可能性だってある。
メッセージ受信から二十分。
また、ピロロンと着信音が鳴った。
ヤバっ! 驚いてスタンプを送ってしまった。
ゾウリムシが『
微生物家族の中でも一番はっちゃけている。
――――――――――――――――――――
恋乃籤 ミジンコ (Wow!!)
恋乃籤 ミカヅキモ(Yeah!!)
恋乃籤 『返信遅いわ!リアクションぐらい取りなさい(`‐ω‐´)』
ナギィ ゾウリムシ(Ambitious!!)
――――――――――――――――――――
こりゃ酷い……。混沌としている。
クラーク博士以外にその言葉を使ってる人を聞いたことねぇわ。
『あら、微生物家族。貴方も持っていたのね。最高のセンスだわ』
どうやら、効果はあったらしい。
『返信遅れてゴメン。妹の学校では流行っているらしい。まぁそれを差し置いても大体の人が持ってるだろ』
見栄を張り、微生物をヨイショしてみた。
『当然かしら。私はパート7まで全てコンプリートしているもの』
……マジかよ。名作レベルのシリーズ化だな。絶対に微生物好きの個人クリエーターが作ったスタンプだろ。
続け様に受信する恋乃籤のメッセージ。
『明日は11時に
『了解です』
『最後に一言。名前が“ナギィ”なのは痛々しいわ。あだ名なのかしら?』
『……いや。自分で付けてみた』
『尚のこと止めた方がいいわね。なぜかこちらも寂しくなるわ』
最後にパート7のアメーバ『
「う~ん。巷の男女はこんな会話をしているのかなぁ。分からんわ」
ベットで横になっていたが、濡れたバスタオルを洗濯機に投入するために起き上がると、知恵袋に投稿した質問の回答が書かれていた。
『その二つのスタンプから判断するに、異性の方はかなりの“
――なるほどな。構ってちゃんだから、こんな俺でも買い物に誘ったわけか。プランは恋乃籤がしてくれるみたいだけど、少しはこちらも練った方がいいかもな。
マウスホイールをカリカリして画面を動かすと、キーボードを叩いて“ねこまっしぐらさん”にベストアンサーをした。
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