第弐話 美少女も十人十色である
窓から差し込んだオレンジ色の夕日が、教室内に陰影を作っていた。
ちょうど逆光だったので、
一方、俺の脳内はフリーズ寸前。さながら、ローマの“真実の口”と言わんばかりに、ぽっかりと口を開けて立ち竦んでいた。よって、先刻に告げられた言葉を咀嚼することもできない。
――というか恥じらいも照れもなかったけど、これは告白なのか?
頭の中をまっさらな状態に戻して沈思黙考した。よく考えてみれば、彼女と話したことなんて雀の涙程度。女子からジャガイモとしか見られない俺に、恋のフラグが立つなんて有り得ない。
しかしながら、恋には“一目惚れ”や“盲目”といった禁断症状がある。その二つの要素が上手く絡んで、一目惚れした後に速攻で盲目になった説はどうだ。
時間にしてコンマ数秒。チラ見惚れ。
俺の一番自信がある角度(後頭部左斜め45度から見た後ろ姿)を、初見の彼女が見たとしたら、あり得る話なのではないか?
これがポジティブな説だ。
そして思考が転換し、もう一説を挙げてみる。
どこぞやのクラス全員がカメラを回しながら教室に乗り込んできて、ドッキリなのにマジで期待しちゃってるの、的な悪意ある笑いの渦に巻き込まれる。そのまま、校舎裏に連れ攫われてボコボコにされ、意識を失ったケツ丸出しの俺を警備員が発見する。そして、ドッキリの映像は文化祭の出し物として放映され、末代までの笑い者。
これがネガティブな説だ。
説を唱えている割には、未来までの妄想が暴走している。
恋乃籤用語で言えば、十六年も
そりゃ慎重にもなるさ。だって、詐欺に遭ったような出来事だ。恋愛運が上昇する壺を押し売りされている気分だ。自分でなくても、何かがおかしいと疑うのが当然だろう。
恋に関しては、安易な気持ちで踏み込むと碌なことにはならないのは、十分に理解している。
そんなネガポジを左脳と右脳が議論している束の間、
「ねぇ、
恋乃籤が目の前まで接近し、顔を近づけてきた。
ただでさえ目を合わせるのが苦手なのに、端整な顔立ちが視野に入ったら、もう余裕の欠片もない。その証拠に不思議な踊りであたふたしている。
「付き合うって……本当に俺でもいいのか?」
一歩下がりつつ、疑惑の目を向けて訊いてみた。自信の無さを象徴するように、声はかなり小さい。
「貴方だからこそよ。代わりなんて誰も居ないわ」
「――――」
美少女からのオンリーワン的な台詞。一生に一度は聞いてみたかった。
感動で涙が出そうだ。
「えーと、俺、本当に彼女とかいたことなくて……。不束者ではありますが、末永くよろしくお願い致します!」
深々と頭を下げながら、彼氏になる意思表明をした。
憧れのカップルリングの瞬間。表情筋は緩み、ニヤニヤだ。内心はホクホクだ。
だが、愉悦を感じている俺とは裏腹に、恋乃籤は怪訝な顔で眉を顰める。
プランクトンの死骸を見るような目を向けていた。
「……何か勘違いしてるのかしら?」
様子が変だ。潮目が変わった気がする。
「んっ? 『付き合ってくれないか』って言われたから返事をしたんだけど……」
「付き合ってって……ま、まさか――」
疑問符を浮かべた彼女の顔が急に赤面すると、
「『付き合う』と『突き合う』を履き違えているの!? 破廉恥、極まりないわ!! 妄想でも、行きずりでベットインしないでくれないかしら!」
「んなこと履き違えないわ!!」
品のない台詞に音速でツッコミを入れてしまった。てかミス清楚がこんな失言をしていいのか……。
「そうなの? てっきりパコリンチョの話だと思ったわ」
……難聴だろうか。生け花の有名な流派を免許皆伝した彼女から、変な言葉が出た気がする。清楚の奴はお留守なのか?
「あのさぁ、普段からそんな性格だったっけ?」
「性格って?」
「下ネタを会話に織り交ぜる人だったっけなぁって」
「なんだそんなことか。そりゃ辞書に載っている言葉は普段から使うわよ。当然じゃない」
「いやいや、パコなんちゃらは絶対に辞書には載ってないから……」
これは酷い。清楚の奴、完全に変装してやがったパティーンだ。
清楚の仮面を被っていただけのただの卑猥じゃねえかよ!
清らな彼女の心は明鏡止水、とか阿呆な事を抜かしてのは誰だよ。
「話を本題に戻して、明日買い物に付き合ってくれないかしら?」
「付き合うって……買い物のことか」
「随分と残念そうな顔してるわね」
そりゃ拍子抜けもする。露骨に顔に出してしまったらしい。勘違いした俺も悪いけど、言い方が紛らわしかったことを謝ってほしいところだ。
「いやいや、ミス清楚と買い物なんて嬉しいに決まってるだろ。光栄過ぎて、ひざまづきたいぐらいだ」
――告白じゃなかったから、緊張の糸が切れて、つい気取った発言をしたけど、買い物でもヤバくないか?
学内カースト下層の俺が最上点に君臨する恋乃籤とお買い物。貧民が皇女と街中を歩く構図だ。てかそれってデートじゃん。
「それなら良かったわ。明日は土曜日だけど、凪崎君は用事ないのでしょ? 明日でいいかしら?」
用事がない前提で話を進められるのは癪ではあったが、首を縦に振っていた。恋乃籤はしげしげとこちらを見つめている。
「なら、メッセージID交換しましょう。ぷるぷるでいいかしら?」
初めてぷるぷるしてみた。
要領が分からなかったので、とりあえずフレーバーパウダーを混ぜたポテトをシャカシャカするぐらいの勢いで実行してみる。
「ぷぷっ。その勢いっ、どんだけ必死なのよっ」
かなりツボだったらしく、腹を押さえる恋乃籤。ツボがいまいち分からないが、笑った顔はかなり可愛かった。
しかし、何回ぷるぷるしても画面には卓球部の谷口のIDしか出てこない。果たして、谷口は部活をやっているのだろうか。
結局、QRコードでIDを交換すると、恋乃籤から記念すべき初メッセージが届いた。
“微生物家族”というスタンプ。リアルに描写されたミジンコのキャラクターが『
「サ、サンキュー」
「時間と場所は、追って連絡するわ。よろしくお願いね」
特に詳細は言わないまま、恋乃籤は手を振り、颯爽と教室を出て行った。
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