4.天魔灼熱断罪剣(仮)


「いらっしゃい」

「おはようございます、エルさん」


まだ朝早くからオレはいつもの酒場を訪れた。オレはいつも通りカウンターに着こうとする一人、先客がいることに気付く。


「おっ?昨日の兄ちゃんと嬢ちゃんかい、」

「あっ、昨日の武具屋の!えっと…、」

「ダレットだ。ガハハ、まあ昨日今日出会った奴の名前なんてそう覚えてないわな!」


筋骨隆々の男が豪快に笑う。昨日、メニカさんの店を教えてくれた気のいい鍛治職人だ。

ダレットは隣の席を引いてオレ達に座るように促す。

「サクト、つったか?お前、この店が新しく売り始めたマナドリンクっての知ってっか?」

席についたオレ達にダレットがそんな話題を振ってきた。

オレは「まぁ…、」と曖昧な返事をしておくが、知ってるも何も、それを納品してるのはオレ達。

今だって半分そのために来ている。

が、ダレットはそんなオレの内心を知ることもなく、話を続ける。

「そのマナドリンクなんだがな、これが中々興味深いアイテムなんだよ。」

ダレットはそんなことを言いながら手に持っていたグラスをしげしげと眺める。

マナドリンクが売れているようで何よりだ。


「ドリンクにマナ回復効果を『付与エンチャント』したわけでも無さそうだし、かと言ってエリクサーみたいなもんを混ぜたって訳でもなさそうでよ。

いやまあオレが看破出来ねぇ高レベルの奴の仕業ってこともあるかも知れねぇが、そこまでするにしては効果が薄い。

で、オレはその製法を気になって、さっきからそれを聞いてんだが、中々教えてくれねぇんだわ。

なぁ、サクトからも何か言ってくれねぇか。」


ダレットはわざとらしいため息をついて、エルさんを見やる。


「ま、何も教えれないね、私からは」


エルさんはダレットに気付かれないようにこちらへウィンクする。

昨日の契約通りエルさんは本当にマナドリンクの秘密を守ってくれているらしい。

それをダレットに教えてやるならオレの口から、と言うことか。


「なあ、ダレット。マナドリンクについて実はオレ、1つ知ってることがあるんだが、取引しないか?

オレはこの後お前の店で買い物しようと思ってたんだが、その時まけてくれるなら、教えてやってもいい。」


口の端を歪めるオレに、ダレットも面白そうにドンと肘をついてオレに向き合う。


「いいぜ、オレもそういうのはキライじゃねぇ。

が!そこの通りで聞いてきましたって噂話じゃ、信用ならねぇ。

その話、どれくらい信じられるものだ?」

「100%。

聞けばダレットも100%信用する。

証拠があるからな。」

「ハッハッハっ!えれぇ強気じゃねぇか。いいぜ、乗った。」


ガシッとダレットはオレの手を取る。

契約成立だ。


「ということでマスター、また店の奥を貸してくれねぇか?」

「いいとも、ついてきな。」


急な話の成り行きについて行けず、ダレットが眉を潜めて、オレに耳打ちする。


「マナドリンクの秘密が知れるってならオレは構わねぇが、まさかエルのジジィがマナドリンクを実際に作ってる所を見せましたじゃねぇだろうな?」

「ハハ、そんなわけねぇだろ。

ま、似たようなもんかも知れねぇけどな。

マナドリンクを作ってるのは、このアマルギアだよ。」


店の厨房の奥へとついたオレはエルさんから水筒のような容器を受け取りながらそう言うと「は?」とダレットは口を開けてポカンとする。


「マスター、昨日に比べ拙のマナは増えました。

なので、マナドリンクを大量に精製可能です。

こちらでの容器に納品することを推奨します。」


アマルギアは積み上げられた小ぶりの樽を見つけ、オレにそう言う。

オレはエルさんの方を伺う。


「ああ、もちろんだとも。こっちとしてもその方が助かるが、大丈夫かい?」


「問題ありません。では行きます。」


アマルギアはそう言うと樽をひょいと1つ持ち上げ、顔を近づける。

そう、顔を。


「おい、待て。」


オレはアマルギアに制止をかける。


「お前、今何をしようとした。」


「??

拙はマナドリンクを納品しようとしただけですが?」

「どこから出そうとした?」

「口から。」

「ヤメロ。」


「何故です?」とアマルギアは小首を傾げる。


「いいか、アマルギア。口ってのは食べたり飲んだりする所で、何かを吐き出したりする所じゃないからな?

それ嘔吐みたいになるからもう絶対やろうとするなよ?」

「承知しましたマスター。」

「では排出器官から、」

「ダメだ。」

「な、アマルギア。お前手とかから出せたりしないの?」

「無論、可能です。拙にとってはどの器官にも特に違いなどありませんから。

どちらかと言えば見栄えの問題です。」

「その見栄えが悪いから言ってるんだよ…。

こういう時はなるべく手から出してくれ。」

「承知しました。」


オレはまだ不安感を拭えずにアマルギアを見守るが、アマルギアはちゃんと樽に掌をかざし、何の問題もなく樽を5個程満杯にしてみせた。


コイツ、こーみると普通なんだけどな…。

オレをからかってわざとトンデモ発言してるってわけでもないし、アマルギアの価値観がブッ飛ぶ基準がよく分からん。


「今日の分の納品完了です、マスター。」


「うん、納品お疲れ様だね。今日の分の報酬だ、サクト君。」


オレはエルさんから報酬を受け取ると、ダレットと共に店をあとにする。


▼▼▼


「まさかな、マナドリンクが飲み物にマナの回復効果が付いてるんじゃなくて、スライムのマナエキスに味が付けてるとは思わなかったぜ。」


ダレットの店に場所を移したオレ達は、そのまま店の奥の工房へと案内される。

ダレットはそこでアマルギアにとっておきの紅茶や酒をアマルギアに吸収させ、マナドリンクにしていた。

ただ酒についてはどうやらアルコールが無くなってしまうらしく失敗だとか。

一応オレはエルさんと、アマルギアのマナドリンクの専売契約みたいなのを結んでいるが、ダレットの私用だからこれはまあセーフだろう。

ただアマルギアが色々出せるというのはダレットにも秘密にして貰うことにした。


「ま!本当はあそこまで完璧に素材へマナを付与する方法があるってんなら、もっといい武具が作れると思ったんだが、」


ダレットは近場から適当な未加工の鉱石を手に取って、アマルギアに投げてよこす。


「恐らく不可能かと。」


アマルギアはそう言いながらも小さな鉱石をドロりと吸収すると、机の上に手をかざして鉱石を複製する。

机の上には鉱石と同じような形の物体が現れる。

が、あっという間にその形は崩れ、液体のスライムに戻ってしまう。

アマルギアはスライムを回収する。


「やはり拙を離れての形態維持は不可能です。

それにマナメタルを模しただけの偽物ではどの道加工に耐えらないでしょう。」


「まあいいさ」とダレットは気にとめたようでもない。

元々の予想の範疇ってとこだろう。


「それより今日はお前の武器の新調か、サクト。

どんな武器がいいとか決まってるか?」


「具体的には何も。

そもそもオレは武器を使ったなんて経験はねぇし、多少扱い易いもので…、

あとは派手でカッコイイのを頼む。」


「ガハハ!派手でカッコイイのか!

あと扱い易いってのは心得スキルでなんとかなると思うが…、おぉ、そうだ、そうだ!

そういやアイツが出来たとこだったか?」


ダレットはダレットは工房の更に奥の、作業場であろう方へガチャガチャと乱雑に放置された武器や鉄くずなどを掻き分けて進む。

それから一本のデカい剣を悠々と片手で担いで戻ってくる。


「ツヴァイヘンダーって言う両手剣を扱い易くした剣の、刀身に波状の加工を施したフランベルジェだ。

どうだ?派手でカッコよくて、しかも扱い易い一品だろ?」


ダレットがニカッと笑う。

オレはダレットからその剣を受け取り、じっくり観察する。

長い刀身に負けず劣らずの長さの柄、十字架にも似た細身でいて、その刀身の刃はノコギリのようとでも言えばいいのか波打っていた。

その特殊な刀身に合わせて施された装飾がなんともカッコイイ。イッツ、ソォクゥール!

構えて見ると細身の見た目に反してそれなりにズッシリと重みが伝わる。流石は長剣と言ったところだろう。


Furanberuzye※それっぽい発音、か…。


「おっと、振るんじゃねぇぞ?

素人の振るう剣程危ねぇもんはねぇからな!」


ダレットが笑いながらそんな事を言ってると、アマルギアがガシッとフランベルジェの刀身を掴む。


え?

ドロり

あ、しまった…。


と思うがアマルギアは剣を覆った手をすぐに引っ込める。


「………!

吸収失敗です、マスター。

形の模倣ならまだしも、吸収すら不可能とは恐れ入りました。」


「やっぱり溶かそうとしたのかお前。

もうやらないって言ってなかったか?」


アマルギアは小首を傾げる。


「マスターの剣となり盾となるのは拙の役目です。

その役目を脅かすものは排除すべきであり、マスターにその了承を得ようにも否との回答が予測されました。

なので、拙は自身の自己矛盾に直面し、考慮した結果こちらが得策だと判断致しました。

が、拙はまだこの剣には及ばないようなので今は一旦諦めることにします。」


何か問題でも?


と、なんと言うか開き直りここに極まれりといった感じだ。


「ハッハッハっ!そうだろう、オレの剣は一筋縄じゃいかねぇぜ?

武器にとっちゃ破壊耐性も重要なパラメーターだ。

オレの武器なら|上級レベル《Aランク

相当》のスキルにも耐えられるぜ?」


吸収に失敗したアマルギアが鼻を高くするダレットを少しばかり恨みがましそうに見るが、オレは気付かないフリをする。

アマルギアって意外と感情豊かだよな。

そして何も気付いていないダレットは更に熱を込めて武器の解説をしてくれる。


「特にこのフランベルジェ、魔魂石っつー珍しい素材で鍛えてるからな、そんじょそこらのもんと同じと思って貰っちゃ困る。

馴染んでくれば勝手に自動修復とかする筈だぜ?

それにもちろん武器だからな、攻撃性能も十分!

敵を攻撃するだけで、状態異常を付与できるっつー折り紙付きの性能だ。

特殊裂傷状態って言うんだがな、敵に継続的にスリップダメージを与える優れもんよ。」


「ほー、物理的な擬似毒状態か。

中々恐ろしいな。

よし、決めた。

ダレット、これにしてみようと思う。

どこか素振りとかできるとことかねぇのか?」


オレはゴチャついた工房の中をグルり見渡す。

だが正直な所、素振りどころか足の踏み場に困るくらいのものだ。


「すまねぇな、うちにゃそんなとこ用意してねぇ。

このあと幾つか調子を確認しときてぇ武器があっから、オレと試し斬りに一緒に行くか?

っと、まあ話ちょっと変わるが嬢ちゃん、そこにある試作品、喰らっていいぜ?」


ダレットが部屋の隅で籠の中へ乱雑に突き立てられた突撃槍ランスを指さす。

アマルギアはチラッとオレの方を確認だけすると、傍に歩み寄って吸収を開始する。

流石に量もある上、破壊耐性と言うのがあるのかすんなり吸収は出来ず時間がかかっていた。


「いいのか?あんなに貰っちまって?」


「まあな。所詮スキルチューニングに作ったガラクタの山さ。

つーか、実を言うと、お前のフランベルジェは試作を終えたばっかってとこで、そもそも値段設定すらしてなかったから値引きしてやったって言い張りづらぇんだよ。

そう言う取引だったろ?

なんか収まりが悪いってーか、そんなんだよ」


意外と律儀なダレットだ。


「半分冗談の取引だったんだけどな。

ってより、値段決めてなかったってまさかぼったくってねぇだろうな?」


「そんなことしねぇさ。

まあ、魔魂石の武具をすぐに売るって意味じゃ余りまともじゃねぇかもしれねぇけどな。

あとは裂傷がワイルドウルフとかごく一部のモンスターにしか効かねぇピンポイントな状態異常なら話は変わるが、オレの見立てではもうちょい値段が跳ね上がってもおかしくねぇと思ってる。

が、変な弱点がねぇかしっかりと確認しきれてる訳じゃねぇから、

まぁ、多少は用心しとけよ。」


そこまで話したところでアマルギアが槍の吸収を終える。


「吸収完了です、マスター。

ダレットも、感謝致します。

お陰様で大幅に攻撃性能が上昇しました。」


「おう、それはよかった。」


ダレットはアマルギアを眺めると1つ頷く。

スキルかそもそものダレットの素質なのか、アマルギアの成長を確認でもしたかのようだ。

それからダレットはガチャガチャと作業場の横に立て掛けられた幾つかの武器をコアへと格納する。


「うっし!行くとすっか!」

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