中編

 彼女が紙に書いたやりたいことリスト。


 これらを叶える日々が始まった。


 1、ケーキを100個食べたい


「もう食べれない。苦しい……」


「まだ10個も食べてないよ」


 ケーキを100個食べたいという願いを叶える為、奮発してケーキを沢山買ってきたが、この結果である。


 100個は無理と判断して20個に抑えたのは正解だった。


 いや、半分も食べれてないから不正解かもしれない。


「ケーキならあるだけ食べれると思ったんだけどなー」


「満腹中枢には勝てないね」


「残ったケーキ、ロボットさんにあげるよ」


「それじゃ貰う……いや、ロボットだから食べれないよ」


「あ、そうか。あまりにリアルだから食べれると思っちゃった」


「まだ賞味期限は大丈夫だし、明日また食べたくなったら食べなよ」



 2、神経衰弱がしたい


「トランプだ。懐かしい!」


 トランプを見て、ここまではしゃぐ高校生は彼女だけだろう。


「ロボットさん、神経衰弱で勝負しよ」


「あまりやった事がないから自信ないなぁ」


「手加減してあげようか? 私、神経衰弱には自信あるんだよね」


 彼女と神経衰弱を三回やった結果、全部僕が勝った。


 手加減した彼女に勝ったのではなく、本気の彼女に勝ったようだ。


「もう神経衰弱は勝てないからいい! つまらない!」


「でもこれでやりたい事が一つ叶ったね」


「叶ってないよ。私がやりたかったのは神経衰弱で勝つまでの事なの! 負けたら叶ってないと同じなの!」


 乙女心は複雑だなぁ、と思った。


「やっぱ医者って記憶力もいいんだね」


「うーん、どうだろう」


「というかロボットさんって歳いくつなの?」


「二十五だよ」


「へー、ロボットの見た目通りで結構若いんだね」


「何歳だと思っていたの?」


「高齢で白髪の博士っぽい人物だと思ってた」


「それはショックだなぁ」



 3、花火がしたい


 次は「花火やりたい!」との事で、通販で手持ち花火や打ち上げ花火を沢山購入した。


 彼女は外出禁止だが、誰もいない山の中なら問題ないだろう。


 最初は「きれい」と手持ち花火を眺めていたが、次第に花火を両手で持って回り出したり、はしゃぎだした。小学生みたいに無邪気な笑みを浮かべている。


 僕も久しぶりに花火をやったが、なかなか楽しかった。


「熱ッ」


 持っていた花火の火花が手に当たりそうになり、思わず声をあげてしまった。


「ロボットなのに熱さも伝わるの?」


「物を触れた感触は伝わるけど、痛みとかは遮断されるようになっているよ。今のは生身と錯覚して思わず声を出してしまっただけ」


「ふーん、操縦する側もリアルなんだね」



 4、可愛い服を着たい


「ロボットさん! これ似合っている?」


「凄く似合っているよ」


 通販で気に入ったのを好きなだけ買ってあげた。


 病院ではいつもパジャマ姿だったし、ここでは年相応の女の子らしく好きな服を着てもらいたい。


 ちなみにケーキや花火も全て僕の自腹だ。


「これで外に出れたら良かったのになー」


「誰か見せたい人がいるの? 彼氏とか?」


「彼氏なんていないよ。いたこともないし」


「えー、可愛いのに。君がいた学校の男子は見る目がないね」


「そういうお世辞はいらないよ」


 照れ笑いしながら言った。


「ロボットさんこそ彼女とかいないの? それとも結婚しているの?」


「結婚してないし、彼女もいないよ」


「ふーん、じゃあさ。もし病気が治ったら私が彼女になってあげようか」


「大人をからかっちゃ駄目だよ」


「からかってないよ。ロボットさん優しいし、医者としても優秀だと思ってる」


「んー、お世辞にしか聞こえないなぁ」


 彼女は「さっきのお返し」といたずらっぽく笑った。



 5、それからも


 その後も僕は彼女のやりたい事を叶えていった。


 「たこ焼き食べたい」とか「金魚すくいしたい」等、可能な限り叶えた。


 流石に「スケートしたい」「気球に乗りたい」等の外出系や実現不可能なことは諦めてもらったが。


 そして、ついにやりたい事リストが全て終わった。


 あとは「治せる薬が出来た」と言って安楽死用の薬を飲ますだけ。


 だったのだが、なかなか言い出せなかった。


 ――またやりたい事が思い浮かぶかもしれないし、もう少しだけ様子見した方がいい。


 気付いた時には自分を言い聞かせるようにこんな事を考え始めていた。


 彼女と過ごすうちに同情してしまったのだろうか。


 この考えが安楽死を決行したくなくて出た言い訳だと自分でも分かっていた。


 「たまには家族と話したい」と言っていたのも言い訳に加担させたのかも。


 まだ家族と会話したいが残っている。


 だから安楽死を決行出来ないと。


 彼女の両親に電話しても「まだ安楽死させないのか」「金払ったんだぞ」と怒鳴られ、彼女に電話が渡る前に切られて叶いそうもなかった。


 僕が「電波が悪くて電話できなかった」と言うと彼女は残念そうな顔をする。


 その顔を見て、今は殺せないと強く思ってしまう。


 そうやってどんどん先伸ばしにしていく日々が続いた。


「今日は注射するよ」


「注射はもう嫌だって。薬だけでいいよ」


 病院の時から薬も注射も嫌がっていたと聞いていた。


 薬は我慢して飲んでくれるが、注射はかなり嫌がる。


「昨日までだって頑張ってきたんだし、今日も頑張ろう?」


「……じゃあさ、注射したらご褒美に頭撫でて……」


「ん?」


「注射が終わったら撫でてほしいの!」


「撫でてほしいの?」


「……うん」


 注射が終わり、彼女の頭を撫でてあげた。


 頭を撫でられている彼女は大人しいというかしおらしかった。


「こんな感じでいいの?」


「うん。ロボットでも撫でられたら嬉しいものだね」


 えへへ、と優しく微笑んだ彼女はいつもとは違う彼女に見えた。


「喜んでくれるなら僕も嬉しいよ」


「高校生にもなって変だと思うけど、やっぱり見返りほしいよ」


「見返り?」


「普通は毎日苦い薬を飲まなくたって、注射しなくたって生きていけるのに私だけ生きる為に我慢し続けるのは不公平に思っちゃうし、辛いよ」


 久々に聞く弱々しい声だった。


「そうだね」


 僕は彼女を抱き寄せ、背中を擦って慰めた。


 彼女は僕の胸元に顔をうずめて泣き出した。


 すすり泣きだったが、彼女の涙が服の上からでも伝わってきた。


「治せる薬が出来るのと、私が死ぬのどっちが早いかな」


 もう少し早く安楽死を決行するべきだった、と後悔した。


「大丈夫。必ず間に合うよ」


 こういう嘘をつく時が一番辛いんだ。


 その日、久々にやりたい事リストが追加された。


 やりたい事というより僕へのお願いだった。


「今日は私が眠るまで横にいてほしい」


 ベットの横に座ると彼女が僕の手を握ってきた。


「ロボットさんの手、あったかーい」


 今日の彼女は誰かに甘えたい気分なのかもしれない。


 または、元々こういう子なのかもしれない。


「ねぇ、ロボットさんはなんで医者になったの?」


「どうしたの、急に」


「普通に気になっただけ。聞いちゃまずかった?」


「いや、大丈夫だよ。僕の家は医師家系でね。僕が目指したというよりは最初から決まっていたんだ」


「医師家系と聞くとなんか厳しそうな家庭のイメージだなぁ」


「うん。厳しかったし、友達の家庭と比べては、なんでこんな家に生まれてきたんだろう、と思ったよ」


「じゃあ、医者になりたくなかったの?」


「小さい頃は医者になりたくなかったんだけど、友達が転んで膝を擦りむいた事があったんだよ。たまたま絆創膏を持っていて、それを渡したら凄くお礼されてね。その時にお礼されたのが嬉しくて、医者を目指すのも悪くはないかなぁって」


「へー、なんだかロボットさんらしいね」


「僕らしい?」


「沢山お金稼げるからとかそういう理由で目指す人もいるじゃん。ロボットさんはそんな感じの人じゃなさそうだなーって思ってた」


「そうかもしれないね。でも沢山稼ごうとするタイプの方が優秀な人が多いんだ」


「ロボットさんは優秀じゃないの?」


「残念ながら僕はあまり優秀じゃないんだ。僕には兄弟がいて皆医者なんだけど、小さい頃からずっと置いてかれている」


 実際は親のコネがあったから医者になれたと言っていい程だ。


 医者になった後も兄弟との差が広がり続け、親には「一人の患者に時間をかけすぎだ」「お前は不良品だ」と罵られ続けた。


 医者を続けるには、僕では力不足だった。


 だから僕みたいなのでも簡単に医者を続けられる安楽死専門になったんだ。


「そんな事ないよ。ロボットさんは優秀だよ」


 寝ていた彼女が起き上がって言う。


「病院にいた先生達は私と同じ空間にいたくないって感じで、目も合わさずに早口で説明してまともに見てくれなかったもん。ロボットさんはちゃんと目を見て私のわがままも聞いてくれる。優秀だよ」


「……それはロボットだからじゃないかな」


「そうかもしれないけど……でもロボットさんだけだよ。私とちゃんと向き合ってくれたのは」


 情けない話だが、気づいた時には泣いていた。


 まさか子供に慰められただけで泣くとは思わなかった。


 でも、その言葉はずっと前から聞きたかった言葉だったのかもしれない。


「ロボットさん、どうしたの。泣かないで」


「うん、ごめん。ありがとう」


「ロボットも泣くんだね」


「操縦者が泣くとロボットも泣く仕組みなんだよ」


「ロボットさんは誉められるのが苦手なんだね」


「苦手かもしれないね」


「じゃあ、もっと誉めちゃおー」


 抱きついてきた彼女は僕を誉め続けた。


 僕も「苦い薬を毎日飲んで偉い」と誉め返した。


 お互い誉められる事に慣れてなく、照れ笑いしながら夜遅くまで話した。


 あぁ、どうやったら彼女を安楽死させられるのだろう。


 もう、こんな仕事、やめたいな。


 彼女の寝顔を見ながら、そう思った。

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