余命僅かな女の子と安楽死を依頼された医者の話。

星火燎原

前編

 これは君達の世界とは少し違う世界の話だ。


 僕が住んでいる世界には、人型ロボットが存在している。


 君達がいる世界でもロボットは作られているし、人の形をしたロボットもいるだろうけど、僕の世界で作られている人型ロボットは本物の人間と区別がつかないほど精密に作られているんだ。外見も仕草も人間そっくりで、作り物である違和感がまったくない完璧なロボット。


 こう言うと未来的でSFな世界みたいに思われるけど、ほんの少しだけ技術が進んでいる世界、または別の分野で技術が発展した世界だと思ってほしい。


 国内にあるロボットは十数台しかないから、まず見かける事はない。SF映画みたいに量産されているわけじゃないのさ。


 それにAI等で自動的に動くわけではなく、動かすには人間が操作する必要がある。


 操作は専用のゴーグルを装着すると、ロボット視点の映像が映り、あとはどう動かしたいかを頭の中でイメージすればその通りに動いてくれる。


 誰でも簡単に操作出来て、特別な資格がなくても操作する分には問題ない。ただ、国内に数十台しかないロボットを操作する機会なんてまずありえないから必然的に操作できる人間は限られてしまう。だから、誰でも操作できるなんて言ってしまうと嘘になってしまうかもね。


 そんなロボットの役目は主に人命救助だ。火事や震災で崩壊しそうな建物に入っていったり、生身の人間だと危険が伴う場面で使用することが多い。


 しかし――僕は少女を殺す為にロボットを操作している。


「ロボットさん、もう薬いらない」


 僕のことをロボットさんと呼ぶ少女は、僕の患者だ。


 僕の患者は、高校二年生の女の子である。


 年相応の可愛らしい子で、通っていた高校も有名な学校だ。将来を期待されていたに違いない。


 そんな彼女は、末期患者だ。


「薬を飲まないと咳が出て、夜眠れないよ?」


「別に飲んでも死ぬんだし、いらない」


 彼女は拗ねるように言って、布団に潜ってしまった。


「この薬では治らないけど、進行を遅らせることはできる。もう少しで君の病気を治せる薬が完成するんだし、頑張ろうよ」


 僕がそう言うと布団から出てきて薬を飲み始めた。


 薬を飲んだ彼女は、苦い薬を飲んだような顔をした。ま、実際にめちゃくちゃ苦いんだけどね。


 僕が「よく飲めました」と誉めると、再び布団に潜った。


 彼女の病気はじわじわ進行していき、最終的に死に至る感染症だ。


 この感染症は非常に厄介で治す手段がなく、空気感染する。だからロボットを使えば感染する危険もなく、安全に延命治療を行える。


 でも、延命できるだけだ。


 彼女が助かる見込みはない。


 さっき僕が言った「君の病気を治せる薬が完成する」は嘘だ。


 彼女の病気は極希に発症する病気で、優先して薬が作られるはずがない。


 放っておいても半年以内に彼女は死ぬだろう。


 けれど、その前に僕は彼女を殺さないといけない。


 僕は医者であるが、人の病気を治すわけではない。


 ――安楽死専門の医者なんだ。


 この世界では安楽死が認められている。


 1、回復の見込みがなく、死を待つだけの末期患者である。


 2、条件1を満たした患者本人が安楽死を望んでいる。


 他にも家族の承諾や状況によって細かい条件があるが、主に上記二つが重要だ。


 通常なら二つの条件を満たしている事を僕が確認して安楽死の手続きをする。


 ただ、彼女には問題があって条件1を満たしているが、条件2を満たしていない。


 つまり、彼女はまだ死にたくないのである。


 今回、僕に依頼してきたのは彼女の両親だ。


 空気感染すると言っても最も進行した状態であるステージ4の終末期に限る。彼女はまだステージ3の初期症状しか見られないから、現状は薬を使えば空気感染の恐れはほぼない。


 ただし、ステージ3でも細心の注意を払いながら隔離して治療をする為、治療費が高く、長期間となると恐ろしく高額になる事である。


 安楽死の場合もそれなりにお金が必要なんだけど、延命治療を続けるよりはマシだと彼女の両親は判断したんだろう。


 だから、彼女の両親は「どちらにしても死ぬんだから早く死んでもらいたい」と僕に依頼してきた。


「ご本人が安楽死を望まれていないのでしたら認める事は出来ません」


 僕だって最初はそう断ったんだけど、病院側から圧力がかかった。


 病院側も感染すれば確実に死に至る感染症患者を受け入れたくないらしく、彼女本人に安楽死する意思があったと改竄しろと言ってきた。


 こういう依頼は少なくないし、僕はこれまで何件も改竄してきた。


 彼女の両親が病院から紹介されたと言って僕のところに訪れた時からこうなることは目に見えていた。病院の圧力には大人しく従うしかなく、引き受けることにした。


 僕がなぜ安楽死専門になったかと言うと、簡単にお金が手に入るから。


 単純に薬を飲ませるだけでいいし、貰える金額も多い。


 死刑を執行した刑務官が死刑執行手当を貰えるようなものさ。


 それだけ人を殺す行為は、精神的な負担が大きいとされているってことだね。安楽死専門の医者の中には精神的苦痛に耐えられず、自殺した人もいるんだって。


 僕は安楽死専門のプロだ。


 今更、人を殺したって罪悪感はないし、心も痛まない。


 でも、今回のように安楽死を望んでいない場合は注意した方がいい。


 人間は意外にも壊れやすい生き物だからね。どんなことで命取りとなるか分からない。


 だから念には念を入れて、改竄する時は患者が病気から解放された時に安楽死を実行している。


 具体的には行きたいところに連れていったり、やりたかった事を叶えてあげるんだ。


 叶えたら「治せる薬が出来た。君は助かる」と嘘をつく。


 こうして病気の不安を消してから治せる薬と偽って安楽死用の薬を渡すんだ。


 これも騙しているし、むしろ上げて落とすようでタチが悪いように見えるが、僕はこっちの方があっさり死なせるより罪悪感がない。


 せめて病気への不安がない状態で最期を迎えてほしいんだ。



******************************



「安楽死させるまで全て私の好きなようにやらせてほしい」


 改竄依頼がきた時に必ず出す条件だ。


 今回も同じ条件で引き受けた。


 普通なら病院から連れ出して色々な場所に連れていき、「外に出られるだけ良くなったんだよ」などと言って励ますのだが、今回は感染症患者だから山の中にある別荘に連れてきた。


 別荘には予め沢山の食料を用意したから長期間になっても大丈夫だ。


 別荘に着いてから数日間、彼女は全然喋らなかった。


 病院を出て死期が近いと思ったのか喋っても悲観的な発言が多かったし、夜中には嗚咽を漏らす声が聞こえてきた。たまに「どうせ死ぬんだから薬なんていらない」と自暴自棄になることもあるが、それが本心でないことは確かだ。でなければ、とっくに安楽死を実行しているよ。


 一方的な会話を続けていくうちに、少しずつ話すようになってきた。


「ロボットさんって本当にロボットなの?」


「ロボットだけど、それがどうかしたの?」


「なんか本物の人間みたい」


「僕も最初は驚いたよ。僕が子供だった頃はこんなにリアルじゃなかった」


「ふーん、触ってみてもいい?」


「どうぞ」と僕が片手を出すと両手で確かめるように触ってきた。


「普通の人間と同じ……ような、そうじゃないような」


 彼女は自分の手と比べながら言った。


「うん。ロボットだね。本物の人間だったら私に触れないもん」


「触れない?」


「皆、私から距離を置くんだ。お母さんも、お父さんも、先生も」


「君はまだステージ3で、薬を飲んでいれば大丈夫だし、そもそも接触感染じゃなくて空気感染する病気なんだけどね」


 感染症と聞くだけで距離を置こうとする人間はいるが、まさか担当医までとは思わなかった。


「それでも皆は私の事をバイ菌だと思っているんだよ」


「それは考えすぎだと思うけどなぁ」


「お父さんなんて私が触った物をつまみながら持つんだよ」


 返す言葉が見当たらなかった。


「きっと、一緒に連れてこなかったら、この子も捨てられていたね」


 彼女が言う「この子」とは熊のぬいぐるみである。


 ずっと枕元に置いてあり、ちょくちょく抱いているのを見かける。


「ま、私自身が捨てられたようなもんだし、変わらないか」


「そんな事はない。ロボットは国内に数十台しかなくて借りるだけでも高額なんだよ。見捨てるような親ならロボットによる遠隔治療にお金を出してくれないさ」


 安楽死を依頼してきた親とは真逆な親を作ってしまった。


 こういう嘘も今まで何度もついてきた。


「どうせロボット借りるなら治療より私が操縦したかったなぁ」


 彼女は天井を見上げながら、残念そうに言った。


 ステージ3と言っても、いつステージ4になるか分からない。


 確実に感染を防ぐ為、自由に外出できない。


 ロボットのカメラからでも外を見て歩きたいということだろう。


 実際に外出が困難な学生患者が、ロボットを操縦して学校に行ったり、そういう使い方もされている。もちろん借りるのは高額で、限られた家の子供にしか出来ないんだけれども。


「どこか行きたい場所があるの?」


「絶対にここへ行きたいって場所はないかな」


 ないのかよとツッコミをいれたかったけど、我慢した。


「でも、死ぬ前にどこか行っておかないと損だと思うんだよね。行ったことがない所でも、行ったことがある所でも、どこでもいいやって感じ」


「なるほどね。なんとなく分かるよ」


「ということはロボットを貸してくれる?」


「うん、無理だね。叶えてあげたいけど、それは難しい」


「ケチー」と拗ねる彼女に「じゃあさ」と提案する。


「前にも聞いたけど、何かやりたい事はないの?」


 依頼を引き受けた日に同じ質問をしたが、「何もない。どうせ死ぬから」とネガティブモードに入られて聞けなかった。


「なんだっていいんだよ。何か好きな物食べたいとか、欲しい物があるとかでも」


「……うーん、紙出して」


「紙?」


「沢山あるの」


 彼女に紙を渡すと、にらめっこしながら色々書き出した。


 一枚では足りなくて、枚数がどんどん増えていき、「これは長期戦になるな」と思った。


 これから紙に書かれたやりたいことを一つずつ叶えていくことになる。


 全て叶え終わった時――彼女には死んでもらう。

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