Leap Me!Loop You!

 夜とは、こんなにも暗いものだったろうか。

 さびれた中途半端な田舎、まほろば市だってもう少し明るい。いや、圧倒的に明るい。近代的な都市として、毎夜毎晩文明の明かりが灯っていた。

 それに比べて、この森は酷く暗い。

 おまけに僕は、頼れる明かりなど持ち合わせていないのだ。


「さっきの人たちと距離を取って……でも、見失わずに歩くんだ。迷ったら終わりだぞ」


 あまりにも頼りなく、心細い。

 それでも、行くと決めたらもうあとには退けなかった。

 僕はまた、七凪に会いたい。

 もう一度、あの笑みに触れたいんだ。

 そう思っていると、前方が騒がしくなってくる。僕は注意深く様子を伺いながら、足音を殺してゆっくりと近付いた。

 どうやら例の一団は、無事にフィーナを発見したようだった。


「放せっ! 私は帰らぬ! 森の魔女に救いを求めると、既に皆で決めたではないか!」

「ですが、フィーナ様が自ら出向く必要はありませぬ!」

「相応の誠意を示さねばならん……なにせ、世界を救ってくれと頼むのだからな」

「しかし!」

「願いには代価が必要やもしれん。そんな時、真っ先に命を差し出すのは皇族の務め。私にどうか、高貴なる義務を果たさせてもらおうか」


 この物言い、間違いない……あのフィーナだ。

 気位が高く、高潔で高貴な言動。

 ちらりと見たが、兵士たちの持つ松明に照らされて、懐かしい姿がぼんやりと浮かび上がる。やっぱり、まほろば市で会ったフィーネだった。

 それにしても、やっぱり露出の激しい服を着ている。


「なかなかのお転婆お姫様だなあ……こりゃ、周囲の人たちも大変だ」


 それに、ちょっと悪いなとは思ったけど笑ってしまった。

 だって、あの七凪が世界を救う? そして、その代償にフィーナの命を? ちょっと、ありえない。魔女と呼ばれてるとはいえ、七凪はわりと普通の女の子なのだから。

 そりゃ、ちょっと尋常じゃない身体能力だし、性格だってあまりよくない。

 でも、もしかしたらこの世界の魔女は、僕が知ってる七凪かもしれないのだ。

 突然、妙なことがおこったのはその時だった。


「ん? なんだ……剣がぼんやりと光り出した。音もだ」


 リン、リン、と、例の妙な剣が光り始めた。それは眩い輝くではないが、ほのかな温かみを発散している。まるで、蛍が尾を引くような薄明かりだった。

 そっと手を近づけてみるが、火や熱源がある訳ではなさそうだ。

 でも、手の肌は確かにぬくもりを感じていた。

 だが、不意に突風が襲って悲鳴が連鎖する。


「くっ、フィーナ様を守れ!」

「おのれ、魔物か! い、いや……これはっ!」

「ば、馬鹿な……先日、北方の帝国を滅ぼしたと聞いたが……もう戻ってきたのか!」


 ――デジャヴュ。

 僕はまた、あの時と似た光景を見上げていた。

 満天の星空を背に、鋼鉄の巨神が浮かんでいた。

 何故、このタイミングで?

 さっきもそうだったが、あの時は一緒にこちらの世界に転移したからだ。言ってみれば、巨神の……ゲートキーパーの転移に巻き込まれた形だから、まだわかる。

 図ったように、今この場に現れた意味は?

 僕は咄嗟に、物陰から走り出していた。

 その間も、悲鳴が響く。


「周り、私はいい! 逃げよ!」

「そうはいきません! みんな、フィーナ様を守れ!」

「防御陣形! 防御陣形だ! 訓練通りにやればいい!」


 僕は、見てしまった。

 そっと、巨神が夜空から手をかざす。

 その五指から、赤く細い光が無数に降り注いだ。

 兵士の一人が、光に貫かれて倒れ込む。あまりにもあっけない……ほら見ろ、防具に防御力がないから。いや、違う……盾を構えていた兵士もやられた。

 次から次へと、バタバタとエルフの男たちが倒れてゆく。

 その中央で、既に事切れた仲間を庇いながら、どうにかフィーナはこの場を脱しようとしていた

 竦む脚の震えを振り払うように、僕は叫ぶ。


「フィーナッ! 下がって!」

「お前は!? 誰です! 人間が何故、この森に!」

「話はあとだ! バルトルノルヴァの巨神と、正面切って戦っても勝ち目はない!」

「この者たちは、私を庇って倒れたのだ! 弔ってやらねば」


 大地を轟かせて、巨神が目の前に降り立った。

 間違いない、やはりゲートキーパーだ。

 この暗闇でも、各所に明滅する光が巨体を浮かび上がらせていた。それは、間近で見上げれば禍々しささえ感じる。厳つい両手両足は太く、強靭な肉体の剣闘士を思わせる。顔には二つの瞳が、無機質な光を湛えていた。

 僕は背にフィーナを庇って、いきなりラスボスと対峙することになった。

 闇夜に、自信に満ちた不遜な声が響く。


「これはこれは……誰かと思えば、いつぞやの小僧! もう、逃してくれるあの女はおらぬぞ?」

「バルトルノルヴァ!」

「クハハハハッ! 恐れよ! 怯えろ! 今度こそ、私の野望は成就する。何度も繰り返したやり直しの中で、今度こそ!」

「やり直し? ……お前は、どこの……いつの、バルトルノルヴァだ!?」

「我こそは至高の天才錬金術師、バルトルノルヴァ! 唯一にして無二の存在!」


 どういうことだ?

 奴は僕を知っている、ということは初めて会った時からずっと、ただ一人のバルトルノルヴァだと思っていいだろう。

 背後のフィーナは、彼女は……恐らくは、幼い少女だった頃に会った、あの時のフィーナだろう。こっちでは七十年近く時間が経過しているから、僕のことは思い出せないのかもしれない。

 やはり、妙だ。

 転移の都度、先回りするように現れるバルトルノルヴァ。

 彼はどこの異世界にも、どの時間軸にも依存していない気がする。

 例えるなら、バルトルノルヴァは一人で何度も時間と空間を行き来してるような感じだ。


「と、とにかく、フィーナ! 逃げよう……僕たちじゃ勝ち目はない」

「この者たちを……私のために死んだ者たちを、置いて行けというのか!」

「ああ、そうだよ! ごめん、僕に全員は持てないし、誰か一人だけを選ぶこともできない。今は、君だけしか守れないし、守り切る自信もないんだ! でもっ!」


 見上げる巨神が、再び右腕を持ち上げる。

 巨大なロボット兵器というのは、なんて恐ろしいものなんだろう。子供の頃は、無邪気にアニメなんかで毎日見ていた気がする。いつだって巨大ロボットは、悪のロボットや怪獣をやっつけてくれた。

 だが、その力が人間に向けられた時、正義の使者は悪魔へと変貌するのだ。

 リアルな現実そのものに出現した巨大ロボットは、人間を虫けらのように殺す。

 戦いなどにはならない、ただ一方的に虐殺するのだ。


「フン、いつぞやのハイエルフのように、別世界へ飛ばしてもよいが……最後に教えてやろう、小僧!」

「な、なにを……そういうのは、言ってる暇があったら、ってのがお約束だろっ!」

「ん? 約束? なにを言ってるのだ。まあいい……この巨神には、時間を渡る能力がある。そして、ワシには世界線を超える知識がある。この二つが交わり、全ての次元を支配した時……ワシは至高の超越者へと至るのだ」

「なるほどな……じゃあ、誰がどこに転移してきたかもお見通しっていう訳か」

「左様。この巨神、このような機械仕掛けの装置を生み出す文明が、見えぬ壁の向こうに無数に存在しておる。その全てが、全知全能であるワシの支配する世界にふさわしい」


 冗談じゃない。

 確かに以前、フィーナは例の社に魔法でアクセスしようとしていた。だから、この世界のエルフや人間たちには、異世界の存在はそこまで非現実的ではないんだと思う。そして、この世で最もそのことを熟知し、ゲートを開く力まで持ったのがバルトルノルヴァという訳だ。

 そんな彼が、時間を自在に行き来するゲートキーパーを手にしている。

 殺戮マシーンである以上に、その力はバルトルノルヴァには危険過ぎた。


「さて、では死ね。そのあとで染まらずの魔女も縊り殺してくれよう」

「なん、だと……七凪を殺すのか! ああ、そうだよな! 連敗中だもんな!」

「な、なにを……無礼な! ワシがいつ、あの魔女めに」

「あんたは負けた、そしてまた、負ける! そんなお前に、七凪は殺させないっ!」


 気付けば絶叫していたが、頭の中ではテンパっていた。

 どうやって助かるか……少なくとも、どうやってフィーナを助けるか。

 それだけを考えていたが、全くなにもいい考えが思い浮かばない。

 だが、かざされた手に光が集まり始めて、思わず僕は叫んだ。


「僕は七凪に会いに来たんだ! お前なんかお呼びじゃないんだ、ひっこんでろ!」


 その時、突然眩しい光が周囲を照らした。

 それが自分の右手から放たれてると知って、僕はそれを前へ突き出す。

 あの妙な剣が、先程とは明らかに違う光を発していた。

 そして、バルトルノルヴァの声が引きつってゆく。


「そ、それは! ……何故、お前がそれを持っている! ど、どこに……ッッッッッ!」

「う、うるさい!」


 巨神の動きが止まった。

 明らかに、中に乗っているバルトルノルヴァは動揺していた。

 そして、ますます剣の輝きは強くなる。

 遂には、強烈な風圧を大地に叩き付けながら、バルトルノルヴァは巨神で飛び去った。


「なんだ……なにが起こったんだ? あ、光が……」


 まるで役目を終えたように、剣の光が小さくなってゆく。

 背後ではフィーナも、呆気にとられて言葉を失っていた。

 だが、闇へと戻ってゆく森の中に、静かな声が響いた。


「……久しぶりね、渚クン。それと、フィーナさん。ふふ、立派に育ちましたね」


 僕は声のする方に振り返った。

 そして、懐かしいシルエットを見たような気がする。

 けど、すぐにはそれが七凪だと気付けなかった。

 七凪の声だとあとから知ったが、最初はそうは思えなかったのだ。

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