めでたし、めでたし、なのかなあ?
激しい雷雨が降りしきる中、僕は学校へと戻ってきた。
ここなら、あの愛生に会える気がしたのだ。だが、異世界部の部室はもぬけの殻で、闖入者が激しく暴れたために散らかっている。
することもなくて、僕は部室の片付けを始めた。
とりあえず、身体を動かす。
そうしていないと、気が変になりそうだった。
「七凪……これで、いいのかもしれない。だって、そうだろう?」
静かな部室には、僕の独り言もやけに響いて聴こえる。
外はまるで嵐になったかのように、強い雨が叩き付けていた。
傾いた本棚を、どうにか元の位置へと立て直す。そして、本を一冊一冊丁寧に戻していった。蔵書の内容は、実用書から漫画、小説、そして古文書? みたいなものまである。
一貫性がないため、なにを基準にソートしていいかわからない。
でも、僕は機械的にタイトルの五十音順で書物を納めていった。
「きっと、これでいいんだ。あのあと、七凪はフィーナさんを守ってバルトルノルヴァと戦い、巨神ごと倒したんだ。そうに決まってる。……転生勇者かっての、ははは」
言ってて虚しくなる。
何故なら、七凪はあの世界へと転生した勇者ではない。
もともと、フィーナやバルトルノルヴァがいた世界の住人だったのだ。何らかの理由で、この世界、平行世界のまほろば市に来ていた。その正体は、染まらずの魔女……白妙の髪と肌とで、そんな通り名が何故かおかしい。
でも、あの目を思い出す。
深く蒼くて、濃い翆の輝き。
強い光を宿した瞳だけは、どんな色にも染まらぬように思えた。
「……もし、七凪があのままバルトルノルヴァと戦って、勝てば……あの世界は平和になる。でも、それは過去の話だぞ? こっちの世界に来てたフィーナさんは」
ちょっとしたパラレルである。
あのまま七凪がバルトルノルヴァを倒すと、成長後のフィーナが生きていた『バルトルノルヴァの巨神に滅ぼされつつある世界』はどうなるのだろうか?
そんな時、ふと一冊の本に目が止まった。
手にしているそれは、古いマンガ本である。子供たちに大人気の、未来の世界のネコ型ロボットが活躍する名作だ。日本人でこれを知らない人はいないだろう。
「映画版、か……僕が生まれる前のものかな? 僕が見たのはリメイク版だものな」
そういえばと思い出し、おもわず片付けの手を止め頁をめくる。
この物語は、鏡面世界……鏡の中の左右が真逆な異世界の物語である。宇宙からの侵略ロボット軍団を、上手いこと鏡面世界に誘い込み、主人公たちはそこで決戦に挑むのだ。頼れる味方は、その敵から奪って作られた、巨大ロボットである。
恐らく、フィーナが読んだら「巨神が!」と腰を抜かすだろう。
エミルなら、彼女の世界にない娯楽である漫画に夢中になるかも知れない。
僕は物語を思い出しながら、それを確認するようにペラペラと要所要所だけを読む。
「そうか、最後は確か……過去の世界に行って、侵略者たちの生みの親に会うんだっけ」
物語は、侵略者のスパイでありながら、良心に目覚めた少女ロボットの決断によって幕を閉じる。彼女は過去を改竄し、恐るべき悪のロボット軍団が生まれるのを阻止したのだ。結果、自分も生まれなかったことになり、消えてしまう。
本を閉じると、僕は祈るような気持ちで呟いた。
「成長したフィーナの時代から、突然巨神とバルトルノルヴァが消える。それは、過去で七凪が勝利したからだ。……そうか、これでいいのか。ハッピーエンド、なのかな」
この漫画に描いてある通りなら、そうなる。
そして奇妙なことに、僕は七凪の勝利を確信していた。
あんなに図太くて唯我独尊で、神も悪魔も恐れないような顔をした七凪が、負けるはずがない。負けてはならないとも思うし、負ける姿が想像できない。
いつだって泰然として、揺るがぬ表情で我が道をゆく、それが七凪だ。
でも、僕は知ってしまった。
そんな彼女の、ただの女の子でしかない弱さを。
「……とりあえず、僕にもうできることはない。そして……僕ももう、元の世界に戻れない」
そう、僕もまた、元の世界に戻れない。
皆が強制力によってそれぞれ消えたのは、恐らく元の世界への強制送還のようなものだ。そう思わないとやってられないし、本当に消滅してしまったとは思いたくない。
僕だけがまだ、異世界にいる。
僕が知ってる世界によく似た、僅かに違うこの世界に。
また、一人になってしまった。
今はもう、孤独なんて望んでいないのに。
「なんてな、はは……月曜日に愛生に会えるじゃないか。そうだな、会ったら……今までのことを聞いてもらおう」
昔の僕だったら、嘘つき扱いが怖くて自分の中に真実を沈めただろう。胸の奥にしまって、鍵をかけていた。でも、今は違う。
寂しいけど、誰かとこの真実を分かち合いたかった。
唐突に終わった僕の非日常と、その顛末を。
その相手が愛生というのが、ちょっとおかしかったが。
そう思って片付けを再開させた、その時だった。夕暮れの学校がビリビリと震えて、雷が落ちた。時計を見れば、既に六時を回っている。
「っと、近くに落ちたぞ!? ……こりゃ、早く帰った方がよさそうだ」
僕はきりのいいところで片付けを切り上げる。
再度落雷が轟いて、振り向く僕の視界を真っ白に染めた。
なんだろう……胸騒ぎがする。
あまりにも濃密で混乱だらけの一日の、その最後が嵐に包まれた。ガタガタと風に鳴る窓ガラスに、雨粒が叩き付けられている。
そしてふと、あるものが目に止まった。
それは、部室に置いてあるホワイトボードだ。
以前の時のままで、七凪が書いた図が残っている。
「これは……横軸に、別の並行世界、つまり異世界。上下に過去と未来。真ん中のこれが……今のこの世界、だよな」
瞬間、脳裏に声がフラッシュバックした。
酷く自信家で、自分を大きく見せての黒幕オーラ、そんな不敵な少女の笑みが思い出される。
『渚クン、まず大事なのは……事態を正しく認識することよ』
七凪の言葉を思い出し、僕はホワイトボードの前に立つ。
自然とペンを持てば、今の状況が整理されつつあるのを感じた。
フィーナと七凪は元の世界へ、そしてエミルは未来へ戻った。
それぞれ書き足せば、更に言葉が思い出される。
『状況をまず、把握する。それができたら……手持ちの情報で推論を立ててみるべきね』
そうだ、七凪は確かにそう言ってた。
そこで、新たに七凪とフィーナの世界に、バルトルノルヴァを書き足す。そして、ここで決戦が行われた……そして、忘れてはならないので、一度消して書き直す。
同じ異世界でも、七凪とバルトルノルヴァは過去、フィーナは未来だ。
同時に、七凪のところにとりあえず、子供時代のフィーナを書き足す。
「僕だけがまた、七凪に助けられた。あのあと、七凪はバルトルノルヴァの巨神と戦ったんだと思う。負けることは……わからないけど、ありえないと思いたい」
最悪の事態を想定し、そちらの推論を立ててみても、意味がない。何故ならもう、僕には異世界や過去への移動手段がないからだ。
僕はもう、戦いの外にいる傍観者だ。
推論として、まず真っ先にそれを確固たるものにしてみる。
もう、干渉することはできない……蚊帳の外で、誰とも会えない。
「だが、待てよ……もう終わったという、これもまた推論に過ぎない。なにか……なにか、新しい情報はないのか? まだ、僕が使っていないヒントが……なにか、あるんじゃ!」
必死で頭を使って、その中の脳味噌を絞るように高速回転させる。
駄目だ、なにも思いつかない。
僕は本当に、ただの凡人だ。
七凪のような強さも賢さもない。フィーナのような勇気も、エミルのような冷静さもないんだ。本当に、ただのモブでしかなかったのかもしれない。
でも、なにもない訳じゃない。
僕は今、自分にできるなにかを探している。
渇望が、希望がある……また七凪たちに会いたいと思っている。
「クッ、なにかないのか! 本当にこれで終わりなのか? ハッピーエンドだと信じて願って、それしかできないまま終わっていくのか!」
僕は苛立ち、ホワイトボードをバン! と叩く。
その時、偶然が僕に可能性を与えた。
ガクン、とホワイトボードが傾いたのだ。そう、このホワイトボードは表と裏がある。縦に回転することで、表裏を入れ替えることができるタイプだ。
僕は、ずれて斜めになったホワイトボードをそっと押す。
反転したそこには、以外なものが記されていた。
「こ、これは……七凪、君ってやつは」
そこには、七凪の文字があった。
嫌に癖のある字で、そのくせはったりがきいてて達筆に見える、そんな筆跡だった。
ぼくは、そこに記された文字を声に出して読んで見る。
「状況を把握して推論を立て、判断材料を増やす。それで駄目なら……当たって砕けろ、か。いつもまに、こんなことを」
妙な笑いが込み上げる。
七凪は常に、理路整然としてて、精神論の類を口にしたことがない。
その七凪が、当たって砕けろ、である。
そして今は、それが叱咤激励である以上に当然のことに思えた。
「そう、だな……僕はまた、みんなに会いたい。ただそれだけで、足掻いてみるのも悪くないか」
可能性はゼロに等しいが、道が開けた気がした。その先になにもなくても、僕が進んでいい道だと思えた。
その時、またも稲妻が轟音を響かせる。
そろそろ帰ろうと思った僕は、見た。
部室の窓に、音を立てて……何者かの手が、バン! と激しい音を立てるのを。
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