テンプレ異世界はハードモード
夢を、見ていた。
ような、気がする。
あの七凪が、突然僕に別れを告げてきた。出会って間もない、数日しか立ってないのに、もうお別れなのか? でも何故……どうして、そんなに悲しげな顔をしてるんだ?
いつもいつでも、冷静沈着でとぼけた態度、どこか達観と諦観を帯びた笑み。
でも、こんなに悲しそうな笑顔を僕は見たことがない。
七凪には、そういう顔は似合わない気がした。
そう思った瞬間、僕の意識が覚醒した。
「七凪っ! ……夢、か」
「はい? 私ならここにいますよ、渚クン」
「あ、ああ。よかった……無事、だよな?」
「見ての通りです。他にも色々見せましょうか?」
「いや、いい。いつもの七凪で安心……って、ほああああああ――!?」
僕は飛び起きた。
何故なら、今まで……この瞬間まで、僕は七凪に膝枕されていたのだ。
変だと思った、なんで覗き込んでくる七凪の顔が近いのか。その向こうに青空が広がっているのか。
僕はきょとんとする七凪から距離を取ったまま、固まってしまった。
鎮まれ、僕の心臓。
落ち着け、僕の呼吸。
自分に平静を呼びかける程に、後頭部のぬくもりと柔らかさが思い出される。
多分今、僕は真っ赤になっているだろう。
「ええと、素数! そう、素数だ! 素数を数えれば落ち着くらしい……ああ駄目だ! 素数って何桁だっけか! 思い出せない!」
「渚クン、大丈夫ですか? 刺激、強過ぎましたか? 超絶美少女の、ひ・ざ・ま・く・ら」
「自分で言うなっての! ハァ、ハァ……とにかく動悸が収まらない。止まれ、止まるんだ」
「心臓が止まったら、死んでしまいます、よ?」
クスクスと笑って、七凪が立ち上がる。
どうやら彼女は無事のようだ。
その姿を見て、まずはほっとする。なんだかシャツは破れてへそ出しになってるし、下もいい感じにダメージジーンズになってるが、五体満足だ。
あの時はもう、駄目だと思った。
そして、思ってることと考えてることが、別々に僕を同じ行動へ駆り立てた。
僕は何故か、必死で七凪へと手を伸ばして……そして、光。
「そうだ。僕たちは光に飲み込まれて……あ、あれ? ねえ、バルトルノルヴァは?」
「……あの人は、また戻ってきました。この世界に」
「この、世界に? え? っていうか、ここどこ? あれ? まほろば市……じゃない!? どういうこと、ここはどこ!?」
僕は改めて、周囲を見渡しパニックになった。
見渡す限り、ぐるりと三百六十度の木、樹、木々。
近くには小川が流れてて、這われ渡る日差しを反射している。とても澄んだ水で、小さな魚が泳いでるのが離れていても見えた。
だが、周囲は全て木々が織りなす森だ。
その先は暗くて見えない。
まさしく、周囲は文明を拒む原初の森そのものだ。
そんな中で、近寄ってくる七凪だけがほのかに輝いて見えた。
「その元気なら、大丈夫ですね。怪我はないようですし……よかった」
「七凪は? 大丈夫、だよな? なあ、さっき……デカい腕が出てきて」
「ええ。私は大丈夫ですが……また、巻き込んでしまいましたね」
「また? それは」
「なんにせよ、後戻りはできません。ええ、あとには戻れないんです。彼の言う巻き戻しとは、ようするに……進んで進み終えて、ぐるりと回ってまた戻る。そういう意味ですから」
七凪は少し疲れた様子で溜息を零した。
だが、すぐにいつもの油断ならない微笑を取り戻す。
「こういう時は情報の共有が大事ですね。渚クン……ここ、異世界です」
「あ、ハイ」
「……驚きませんね。少し演出が足りなかったでしょうか」
「そういうの、いいから。あの時、七凪は僕を守って掴まった。でも、僕はその七凪の気持ちを無視して、七凪を助けようとした。そして光に飲み込まれて」
「なるほど、そうでしたか。……ずるい、ですね」
「へ?」
「なかなかのやり口です。これは本格的に……かなり、刺さります。イチコロです、よ?」
「なにが」
よくわからないことを口走って、七凪はプゥ! と頬を膨らませた。いや、露骨にすねてみせても、僕にはなにがなんだか。それより、七凪は服以外は無事だし、僕にも怪我はない。けど、ここはどこだ?
強いて言えば、僕が知ってる鎮守ノ森に似ている。
でも、あそこは公園として整備されていたし、平日でも老若男女が集ってた。
ここは、そういう優しさや憩いとは無縁だ。
代わりに満ちているのは、野生が渦巻く大自然。
「七凪、ちょっと、いい?」
「はい」
「ここ、どこ?」
「異世界ですね」
「いや、それさ……絶対、知ってて言ってるよね? ここ、知ってる異世界でしょ!」
「そうですね。いわば、お馴染みの異世界……お得意様の異世界、お得異世界でしょうか」
やっぱりそうか。
さっきまで、バルトルノルヴァと戦ってて、七凪には普段は見られないやる気……殺る気みたいなのが漲ってた。いつものクールビューティを気取ってても、たしかにその身に激情を招いていたんだ。
それが今は、すっかりなりを潜めている。
今では、普段の飄々とした彼女に戻っている。
「とりあえず……勝手がわかると思っていいのか? 七凪」
「勿論です。勝手知ったるなんとやら、ですね」
「なら、移動しよう。見たところ、まだ日は高いが、元いたまほろば市とは時間が違う。多分、午後を回ってすぐか? とにかく、日没までに人里に……ん、なんだよ」
僕なりに必死だったし、努めて冷静になろうとしていた。
だって、そうして自分を律しないと怖いだろう?
見ず知らずの異世界で、いきなり原生林の真っ只中だぜ? 改めて見渡すと、見知らぬ植物のようにも感じる。こんな木々は見たことないし、足元に咲く花でさえ初めて見る気がした。
本当に、隅から隅まで異世界なんだよ。
僕が知ってる確かなものは、目の前の七凪しかいないんだ。
その七凪が、笑っていた。
「渚クン、前よりちょっとたくましくなりましたね。頼れる感じがするような気がして、そういう雰囲気っぽいのが、ちょっと」
「ちょっと、ってなんだよ。それに、なんでそこまで曖昧さを修飾するかなあ」
「嬉しいから、ですよ?」
「かわいく言っても駄目だ。さ、移動しよう」
「と、言っても……なかなか思うようにとはいかないかもしれません」
すぐ側まで来た七凪は、突然振り向いて僕を背に庇った。
獰猛な咆吼が響いたのは、そんな時だった。
地響きと共に、巨大な獣が目の前に現れる。
それは、太古の恐竜にも似た二足歩行の巨大トカゲだった。
「は、はは……エンカウントしたってやつでしょ、これ……イベント戦闘でしょ」
「落ち着いてください、渚クン。私が引きつけますので、その隙に……渚クン?」
「フッ……動じるな、七凪。異世界転生直後はな……絶対勝てる戦闘か、水浴びしてるヒロインと相場は決まっているのさ。ゆくぞっ!」
「ゆくぞ、ではありません。いけませんよ、渚クン」
混乱の中でいきがってみたが、あっさりと七凪に止められた。
どうにも、目の前の巨体はダンプカーくらいはある。戦って勝てる気はしない。先ほどみたいに、七凪が華麗なキックで倒してくれるとも思えなかった。
そして、ベジタリアンには見えない……生肉大好きって顔してる。
はは、参ったな……こっちは露骨にバッドエンドルートみたいだ。
だが、不意に巨大な肉食獣は視線を外した。
その先に、小さな影が両手を振りかざしている。
「こんな森にもダイノレックスが? なら……炎よ! 燃え盛れ! ええーいっ!」
少女は、小さな両手から紅蓮の炎を生み出した。
それは燃える火球となって、巨大トカゲの顔面に炸裂する。そして、目の前の危機は去った。咄嗟に身を翻した巨体が、悔しげに唸ったまま森の奥へと逃げ出したのだ。
九死に一生を得るとはこのことだ。
ここが異世界なら、ハードレベル過ぎる。
ベリーハードもいいとこだ。
僕はその場にへたり込んで、情けないことに腰が抜けてしまった。
マント姿に露出の激しい着衣の少女は、見た目は十代前くらいだ。赤い髪を揺らしてこちらに駆けてくる。
「その方、無事か! 危ないところだったな……む? 見慣れぬ着物だな。どこの集落の民か」
利発そうな子供で、見た目に反して酷く仰々しい言葉遣いだ。
そして、見てて気付いた。
赤髪の少女は、白い耳がピンと両側に長く尖っている。
エルフだ……やっぱりここ、異世界だ。
でも、なんだろう、どこかで見覚えが……僕は、突然現れて僕を救ってくれた、魔法使いの女の子に見覚えがあった。
そして、突然膝をついて畏まる七凪が全てを教えてくれる。
「これはこれは……ありがとうございます、フィーナ様。たしか、アリルリスタ家の第三皇女、フィーナ様であらせられますね?」
そう、それだ!
見た目はちんちくりんな幼女になってしまっているが、間違いない。あの勝ち気な瞳に、燃えるような赤い髪。目の前にいるのは、あのフィーナだ。
でも、小さい……まるで、時間を巻き戻したかのようだ。
もしかして、ここは僕たちにとって異世界でも、その正体は――!?
「うむ、気にするな。アリルリスタの家の人間として、当然のことをしたまでだ」
「もったいなきお言葉」
「見慣れぬものを着ているが、酷く破れているな。その方、隣の男とはどういう関係か。今は二人を助けたが、不貞があればさらに一人だけを助けねばならん」
「あ、えっと……そうですね。渚クンは、私のイイヒトです。そう、凄く、いい人」
「ふむ」
ちょっと待って、さらっと僕のゲームオーバーが回避された? ……今、リアルな死が目の前を通り過ぎた。そして、小さなフィーナは何故か残念そうに僕をまじまじと見る。
そう、ここは異世界だ。
さっきまでの世界で、異世界に飛ばされたと困っていたハイエルフのお姫様、フィーナが生まれて育った世界なのだと僕は知ったのだった。
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