Act.05 そして運命が巻き戻る

超展開ってあるんです

 隆史は校舎を出て、あっという間に見えなくなった。

 そのあとを追って、僕たちは街へと走る。

 七凪は全力疾走してても、全く息が切れた様子がない。その証拠に、あのよく通る声が滔々と、現状を整理して必要な説明を並べてくれる。

 僕はもうヘトヘトで、出入りする空気が喉を灼くように熱い。


「学校側でも、注意喚起の内容がまちまちだったわ。以前から気になってたのよね」

「と、いうと」

「他のクラスでは、無言で見詰めてあとを付け回す変質者だって言ってたの。愛生のクラスでもそうだったけど、こっちは年配の男性という情報もあったわ」

「つまり」

「フィーナさんは少数派、むしろ変質者として認識されていたのは……さっきの子みたいな、監視ロボットみたいにうろつく人たちの方かもしれないってこと」


 確かに、あの時の隆史は異常だった。

 昼間のカフェでも、サラリーマン風の男からは違和感が発散されていた。

 だが、直接的な危害はない。

 ちょっと変な人、程度だろうけど……変質者に見える、かな?

 そのことを聞いてみたら、七凪は妙に説得力のあることを言い出す。


「私は変質者ですよ、っていう格好や言動より……本当の変質者は、それと感じさせないまま忍び寄ってくるものよ」

「なるほど……って、そういうもんなの?」

「ええ。そういうものだと学校には説明しておいたわ」

「……もしかしてさ、七凪。それって」

「そうよ? 周囲に変質者が出るみたいで、注意したほうがいい……これを学校に申し入れたのは、私」


 やられた!

 っていうか、早く言おうよ!

 なんだそれ、全部七凪の手の平の上か!?


「ねえ、七凪。七凪って、なんなの? なにしてるのさ。目的は?」

「そうね……目的は、そう。強いて言うなら……世界平和かしら」

「茶化さないでよ」

「あら、そう? 本音の本心だけど。あとはまあ……責任を感じてるのかしらね」


 そういえば、僕は思い出した。

 確か以前も、彼女は僕に対して、責任を感じていると言った。

 どういうことなんだ?

 だが、彼女はそれ以上は詳しく話してくれなかった。同時に、僕も会話をしながら走ることに苦しくなってくる。

 七凪は迷うことなく、見えない相手を求めて走り続けた。

 ついてくのがやっとだったが、まるで当然のように彼女は……見知った場所へと僕をいざなった。


「ここは……七凪、どうしてここに?」

「ふふ、捜査の初歩だぞ? ワトソン君」

「なんだそりゃ」

「犯人は、犯行現場に戻ってくる」

「隆史が犯人だって? いや、部室で滅茶苦茶に暴れてくれたけどさ」

「昼間のおじさまだってそう、彼らはこの街の監視……多分、探索に使われてたに過ぎないわ。つまり、犯人は」

「犯人は?」

「さて、誰でしょう?」


 もうちょっと真面目にやってほしいな、まったく。

 ともあれ、息を整え僕は改めて前を向く。

 ここは、このまほろば市でも一番の大型商業施設だ。そう、本来なら……僕の世界なら、鎮守ノ森が広がってる場所だ。

 七凪はまっすぐ、立体駐車場へと向かう。

 こっちの世界では、そこにゲートとなる社がひっそりと存在するのだ。

 また僕は、この場所に戻ってきた。

 だが、なんだろう?

 以前とは少し、雰囲気が違う。

 七凪は、相変わらず毅然としてて、颯爽とエレベーターに乗り込んだ。本当にもう、無敵に素敵で溜息が出る。彼女には怖いものなんてない……そう、思ってた。


「渚クン、手を」

「手?」

「そう、手。握って頂戴」

「……こ、こう? なんでまた」


 不意に七凪が、手を差し出してきた。

 白くて綺麗な手だ。

 おずおずと握れば、驚きに声を発しそうになる。だが、澄んだ瞳を細めて、七凪は無言を求めてきた。だから、なにも言わずに彼女と手を結び合う。

 優しく握ってくる七凪の手は、震えていた。

 唸りを上げて上昇するエレベーターの中で、僕は彼女の緊張と恐怖を吸い込んだ。


「七凪、怖いの?」

「ええ」

「僕は、どうすれば」

「平気よ。ほら、もう震えは止まったわ」

「なんかさ……僕、格好悪くない? 普通はこういう時、男の方がもっとこう、矢面に立つというか」

「大丈夫、渚クンに男らしさなんて求めてないもの」


 さらりと酷いことを言う七凪だった。

 けど、エレベーターが止まると、彼女は薄闇の中へと踏み出す。

 珍しく言葉を濁らせながら。


「男らしさより、あなたらしさの方が有用だわ。好ましい、す、す……好き、ってことね」


 なにを言われたのか、僕は一瞬きょとんとしてしまった。

 だが、すぐにそれを理性が忘れてゆく。

 すでにもう、夕暮れ時に差し掛かっていて、太陽の光が傾きかけている。相変わらず立体駐車場の中は静まり返っていて、駐車スペースにはびっしりと車がひしめき合っていた。

 こんな田舎だ、遊ぶ場所は限られている。

 休日の買い物客で、例のショッピングモールは今頃大混雑だろう。

 そして……その奥、社の方に大勢の人間がいるみたいだ。

 みたいだ、というのは、気配が全く感じられないからである。


「七凪、例の連中が集まって……七凪? あ、お、おいっ! 七凪!」


 こともあろうか、七凪は堂々と一同の前に歩み出た。

 そして、腰に手を当て仁王立ち、逃げも隠れもしない。

 彼女は凛とした声でその場の全員を振り向かせた。


「ごきげんよう。このやり口……少し記憶に覚えがあるのですけど。少し、いいかしら?」


 慌てて僕も飛び出した。

 やせっぽちな勇気を振り絞って、彼女の隣に立つ。

 彼女を背に庇って、堂々と主人公みたいに立ってみたい。でも、無理なのは知ってるし、実際さっきは駄目だった。

 でも、せめて隣に……僕らしさではこれが精一杯だった。

 だが、横目に僕を見て、七凪は不敵にクスリと笑う。

 酷くしゃがれた男の声が響いたのは、そんな時だった。


「な……まさか、貴様は! ……何故だ、どうしてお前がここにいる!」


 その男は、無数の人影がぼんやり立つ奥にいた。

 周囲の人間は全部、あの時の隆史と一緒……勿論、隆史もそこにいる。

 年配の男……そう、声からして老人だ。彼は、周囲の人たちを盾にするように、決して奥からは出てこない。だが、その姿を僕ははっきりと見た。

 一言で言うなら……やっぱり変質者、かなあ。

 いい年して、なんていいたくないけど、コスプレイヤーかもしれない。

 そう、私は魔法使いのおじいさんです、的な人がそこには立っていた。

 どうやら七凪の顔見知りらしい。

 その証拠に、七凪は老人の名を口にする。


「やっぱり黒幕はあなたね? ええと……デュラマセモリナ?」


 ちょ、ちょっと、どうして疑問形なの? あと、なんでパスタ用のデュラム小麦の名前なの? 訳がわからない。

 だが、老人はわかりやすい反応を示した。


「相変わらず失礼な女だ……このワシを前に、その無礼! 許せん!」

「ああ、ちょっと待って。確か……セイタカアワダチソウ! じゃなくて、ん……」

「貴様ァ! こうもワシを愚弄するなどとは!」

「ふふ、冗談よ……久しぶりね、バルトルノルヴァ」


 嘘だ、絶対に今ようやく思い出したってやつだ。

 澄ました顔して大したタマだよ、七凪。そんな彼女が、不思議と頼もしくて小気味よい。本当に、人を喰ったようなふざけた少女に見えて、意味不明で説明不能な強さがあるんだ。

 そんな七凪を、ちょっと格好いいと思う。

 ほんのちょっとだけど。

 だが、頬を引きつらせる老人……バルトルノルヴァは怒りに身を震わせていた。


「生きていたか……そうか、生きていたか! 染まらずの魔女! であろうな、このワシが生きながらえたのだから!」


 ――染まらずの魔女。

 また新しい単語が出てきた。

 それはどうやら、七凪を指し示す名前らしい。名前っていうか、通り名? 二つ名? ちょっと格好いいけど、どういう意味だろう。

 白い髪に白い肌、漂白されたような七凪はむしろ、なににでも染まる色だ。

 染まらずの魔女とは、どういう意味なのだろうか。

 ただ、それが畏怖と畏敬の念、なにより恐怖の代名詞であることは予想だにかたくない。その証拠に、取り乱したバルトルノルヴァはうろたえ震えている。


「その名も久しぶりね。そう……あなた、よく私に気取られずに九年も」

「ようやくだ! ようやく! もうすぐ、ようやく全てを降り出しに戻せるのだ! 貴様にこれ以上の邪魔はさせん!」


 バルトルノルヴァが右手を高々と振り上げる。

 同時に、まるでゾンビのように周囲の人たちが襲ってきた。なるほど、隆史たちを操っていたのか。そうしてこの街でなにかを探していた……先程の七凪の話も合わせて、ぼんやりと状況が見えてくる。

 恐らく、以前から七凪とバルトルノルヴァは敵対関係だ。

 そんなのはすぐわかるが、僕が驚いたのはそこじゃない。


「九年……九年だって? それって!」

「渚クン、下がってて頂戴。この人たちを傷つける訳にはいかないのだけど……ほんの少し、手荒なことになるかも」


 情けないけど、僕に戦闘能力を期待してはいけない。そして、そんな僕を手で制して、一歩七凪が踏み出した。

 相手の動きは速くはないが、まるで最短ルートに最適解を乗せるような攻撃が放たれる。

 圧倒的な数の暴力を前に、怯まず七凪は進んでゆくのだった。

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