異文化ディスコミュニケーション

 土曜日が休日として広まって、もう何年になるだろう。

 週休二日が社会的に一般化して、今日も街はにぎわわっている。僕たちは今、まほろば市の中心市街地へと訪れている。このまままっすぐ進めば、鉄道の駅があったはずだ。

 都会というには少し不便で、田舎いなかってほどに大自然もない。

 よくある創作物の舞台となる平和な街、それがまほろば市のイメージだ。

 けど、意外と遊ぶ場所が多いんだなって、僕は思い知らされた。


「ふう、疲れた……なあ、これは本当に全部僕が持たなきゃいけないものなのか?」


 少し遅めのランチを食べに、僕たち五人は商店街のカフェへと入った。

 せぬ、実に解せぬ。

 なぜ、女の子は水着一枚選ぶのにああも時間をかけるのか。感想を求めてくるのに、思った通りに、というか特になにも思わないと正直に言うと、不機嫌になる。

 オマケに、その他諸々もろもろ買い物の荷物は全部僕が持つなんて、聞いてない。

 だが、エミルは驚きの連続で目を丸くしていたし、フィーナは大喜びしていた。

 そして意外と、七凪ナナギ愛生アキも楽しそうである。

 カフェの雰囲気に相変わらず、エミルは落ち着かない様子だった。


「な、何故なぜこんな昼から大勢の人間が……皆、義務労働ぎむろうどうはどうしたのでしょう? まさか、一級惑星非限定市民いっきゅうわくせいひげんていしみんなのですか!?」

「なんだエミル、休日を知らんのか? 年に四度、季節の節目の祝祭だろう。今日は恐らく、春から夏へと季節が移ろう祝日なのだ」

「い、いや、フィーナさん……ただの土曜日です」


 僕が、七日間で一回りの一週間、そして土曜日と日曜日が休日だと教えてあげた。二人は同じ顔で「そんな馬鹿な」「信じられない」と、何度もまばたきを繰り返す。

 それが面白いのか、七凪は僕のとなりでクスクスと笑っていた。

 こういう時、屈託くったくなく笑うのが意外だ。

 でも、その横顔を間近で見るのは嫌じゃない。


「おーし、なに食べる? あたしね、ここのスタンプカード持ってんの。わはは、みんなにデザートをおごってしんぜよー」

「あら愛生、お大尽だいじんね」

「とーぜんだよ、ナナちゃんっ! これは言ってみれば、異文化交流! デカルチャーなんだもん!」


 訳がわからん。

 だが、こうして大勢で休日を過ごすなんて久しぶりだ。

 両親は二人とも仕事で忙しいし、以前は自ら進んで孤立してた。

 なつかしさ半分、新鮮さ半分で、僕もなんだか浮かれてしまう。皆でメニューを回し読みしながら、各々に昼食を選ぶ。

 やはりというか、二人で並んでメニューを覗き込むエミルとフィーナが面白いことになっていた。


「こ、このナポリタンというのは……なんだ?」

「少々お待ち下さい。検索してみます」

「エミル、その腕輪は便利だな。精霊かなにかを宿しているのか?」

「いえ、ただの第七世代型ニューロンコンピュータです。あ、検索結果が出ました……トマトソースの麺料理めんりょうりとあります。恐らく、ウドゥンでしょう」

「ウドゥン、とは?」

「わたしの時代の一般的な麺類で、そば粉で作った生地きじを細く切り整えたものです」

「ああ、蕎麦そばなら私の世界でも食べるな。薄く伸ばして板状に丸く焼くんだが」


 結構上手くやれてそう。

 でも、それはウドゥン……うどんなの? っていうか、そば粉で作ったらおそばじゃない? フィーナが言ってるのは、クレープ生地みたいなものかな。

 だが、やっぱり衣食住いしょくじゅうは文化であると同時に、極めて重要な文明なのだ。

 お互いの違いが珍しく、共に知らないことに感動する姿は少し微笑ほほえましい。

 二人に愛生が、料理を一つ一つ説明し始めた。

 それを見守っていた僕は、不意に小声で声をかけられる。


ナギサクン、どうかしら? 楽しんでもらえてる?」


 すぐ横に、精緻な七凪の顔が近かった。

 彼女は驚く僕に悪戯いたずらのある笑みをみせてから、メニューを開く。それをブラインドにして、さらに声をひそめてきた。


「道中、何度か浮かない顔を見せてたわ。……いいの、言わなくてもわかるわ。私、もう少し派手目な水着を選んでもよかったのよね? なら、その時言ってくれたらよかったのに」

「ちょっとなに言ってるかわかんないんですけど。いや、でも実は」

「街に出たらやっぱり、自分が知ってるまほろば市じゃないとこ、見つけちゃう?」

「……お見通し、かあ」


 本当にこの世界は、僕の住んでいた場所に似ている。

 生まれ育ったまほろば市と、ほぼ同じだ。

 だが、完璧に一緒ではないし、ましてまほろば市そのものではない。

 だから、気にしないように努めてもついつい気付いてしまう。あの日の大災害はおぼろげにしか覚えていないし、幼少期のまほろば市だって怪しいものだ。だけど、実際に歩いてみると、確かに違和感があって、その差異が思い出される。


「なんか、歩けば歩くほど、ここが異世界なんだなあって思い知る」

「そう。少し気の毒なことをしたわね」

「いや、でもいいんだ。この世界に入って来たことがあるんだから、この世界から出て行くこともできるはずさ。そしてそれは……なんだか、今すぐじゃなくてもいい気がしてきた」


 七凪は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「そうね」と笑った。

 目も覚めるような美貌というのは、彼女のような顔立ちをいうのだろう。そして、その整ったビスクドールのような小顔には、多彩な表情が隠されているのである。

 そんなことを思っていると、更に七凪は顔を近付けてくる。

 彼女の長いまつげの、その一本一本まで見える距離だ。

 ちょっとびっくりしてしまったが、彼女は意外なことを耳元で小さくささやいた。


「それと、渚クン。そのまま。そのまま、そっと後ろを見てみて」

「え、なにを……って、顔が近いよ、七凪」

露骨ろこつに振り向いては駄目よ? そっと」


 なにを言われたのかわからないが、ちらりと視線を僅かにずらす。

 店内はまだまだ客で賑わっていて、その中で妙な光景が目に止まった。


「あれは……いや、気のせいかな。でも、変だ。妙だよ、七凪」


 僕たちの席の後ろに、二人がけの小さなテーブルがある。そこに、体格のいいスーツ姿の男が座っていた。そう、ただ座っているのだ。微動だにせず、じっと周囲を目だけで見渡している。

 明らかにおかしい、絶対におかしい。

 七凪はパン、とメニューを閉じると、ようやく離れた。

 だが僕にはもう、彼女の密やかな声だけが頭に響いてくる。


「あの紳士、料理に手をつけていないわね。本日のおすすめパスタと、セットのサラダ。そして、アイスコーヒー。グラスに氷が溶けちゃって全くないから、長時間ああしてるのね」

「……なんでだろう」

「まずは推論から楽しむものよ?」

「いや、楽しくなんかは……えっと、どうする?」

「どうもしないわ。私には引っかかることがあるのだけど、ふふ……事件はまだ、起きていない。あの人はああして、心を無にして安らいでるのかもしれないし、そういうのが趣味なのかもしれないわ」


 だが、はっきし言って異常だ。

 年の頃は四十代くらいで、やや小太り。眼鏡めがねをかけている。休日出勤のサラリーマンが、仕事の合間に食事をとってるとしても、妙である。料理には全く手をつけず、ドリンクも飲んだ気配がない。

 思わず僕はもう一度振り向いてしまい、そして……その男と目が合ってしまった。

 一瞬ドキリとしたが、男は伝票を持って席を立つ。

 なんだ? なんだったんだ?

 いぶかしげに思っていると、バンバンと頭をメニューで叩かれた。


「うおーい、渚! 今、あたしのナナちゃんといい雰囲気じゃなかった? ちょっとー、あたしも混ぜなさーい!」

「ち、違うって、愛生。いや、今ちょっと変な人が」

「うん、変な人だね。あたしの目の前にいるね! それはー、お前、だーっ!」


 何故なぜか知らないけど、愛生にスマホのカメラで写真を撮られまくった。顔のアップをローアングルで。訳がわからないけど、酷くしてやられた気がした。

 七凪は、先程の冷たい鋭さが嘘のように、ごく普通の女子高生に戻っている。

 推測から楽しむと言われても、僕はなんだか不穏な雰囲気に胸の奥が冷えた。

 だが、そうこうしているとウェイトレスが来て、注文を取ってゆく。その間ずっと、エミルもフィーナも驚いていた。やはり、異文化交流を楽しんでもらえてるみたいだ。

 あとは……午後は少しだけ、エミルのゲートキーパー探しもしなきゃな。

 遊んでばかりはいられない。その筈だが。


「なんと、ビックリです。生身の人間がウェイトレスを……ロボットはまだ、この時代はあまり普及していないんですね」

「わ、私も驚いたぞ……あんな若い娘が嫁にもいかず、労働をしているだと? どういう社会だ」


 うんまあ、そうなるよね。

 デカルチャーだよね。

 まるで二人共、ド田舎から来たお上りさんみたいになってる。

 そして、まるで自分のことのように愛生は、上機嫌で勝ち誇っていた。


「わっはっは、近代日本の豊かさにびびったかー! 午後は、フッフッフ……みんなでボーリングをしまーす! 二組に分かれて、いい汗かこうじぇ!」

「ボ、ボーリングとは?」

「フィーナ、それは検索しなくてもわたしにはわかります。球技の一種で、わたしの時代では戦技教練せんぎきょうれんの一種としてカリキュラムが組まれていました。並べたピンを、重量のあるボールで――」

「ふむ、ふむふむ……おお、なるほど。こちらの世界でいうボーリングとは、うたげもよおされるブン=ガァタのことか。私も腕に覚えはある。特にテルリネスタで行われたサンク・ザンクの式典では、それはもう私の腕が冴え渡ったものだ」


 訳がわからない。

 けど、盛り上がってるようでなによりだ。

 ゴスロリ未来人とジャージのエルフが、先程より打ち解けてるようにも思える。

 ともすれば、本来の目的……ゲートキーパーの捜索を忘れてるのではと、心配になるくらいに。でも、それも今日だけはいいさと思った。

 ただ、やはり先程の異様な男のことは、どうしても頭の片隅にこびりついて離れなかった。

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