うちでエルフな他人と未来人な他人が面倒くさい件について

 一人暮らしの僕のアパートに、女の子ばかり押しかけてきた。

 それも、四人も。

 机を兼ねた小さなテーブルを囲んで、なんだかみんな妙な雰囲気だ。僕は当然、部屋のすみに追いやられている。

 この時間、テレビからは一週間の話題を振り返るワイドショーが流れていた。

 ほんと民法の放送局って、UFOの話が好きだなあ。

 さて、と。


「……あのさ、その……とりあえず、今日の予定なんだけど」


 僕が切り出すと「ええ、そうでした」と七凪ナナギが手を叩く。

 すでにお互い自己紹介を終えているが、なにやらエミルとフィーナの間に奇妙な空気が漂っていた。なお、今日のエミルは何故なぜかゴスロリのミニドレスだ。

 ま、未来の科学で生み出した立体映像をまとっているんだろうけど。

 そのエミルが、湯呑ゆのみでインスタントコーヒーを一口飲んで、切り出した。


「今、フィーナが異世界から来たと言ってましたが……非科学的です」


 えっ、そこ? ってか、僕からすると未来人ってのも十分に非科学的なんだけど。現代の科学では、過去へも未来へも行くことはできない。光の速さを超えてからが勝負というか、そんな速い物質移動手段は人類にはまだ存在しない。

 無表情のジト目で、エミルはフィーナを見詰める。

 ジャージ姿のフィーナもまた、フンと鼻を鳴らした。


「貴様こそ、あからさまに怪しい。未来から来ただと? 時間をさかのぼる魔法など、この世に存在しない! さては異端か、それとも邪教の信徒か!」


 いや、そもそも魔法が存在しないんだけど……僕の世界では。

 正確には、僕が飛ばされてきたこの世界、現実のまほろば市にそっくりなこの異世界では。そのことについては、先日も少し話しておいた筈なんだけどなあ。

 だが、無情にも科学と魔法のバトルロイヤルが開始されてしまった。


「時間を超えるなど、神の領域をおかす行為! それ以前に、現代の魔法技術で可能なはずがない!」

銀河連盟ぎんがれんめいは何百年も前に、平行世界の非実在を証明しています。時間も空間も全て、唯一にして無二の世界線につらなっているに過ぎません。詳しくは、真歴五〇七年しんれきごひゃくななねんのクランシス・ヴァイパー博士が発表した論文を読んでください」

「なにが真歴だ、そんなこよみは知らん! 私たちの暦は神歴しんれき、今は神歴八四二年しんれきはっぴゃくよんじゅうにねんだ! ……あっ、今笑ったな!? なにがおかしい!」

「これ以上の対話は無意味と感じました。さて、そろそろ本題に入りましょう」

「くっ、待て貴様っ!」


 これはいけない、かなりよくない。

 七凪は興味深そうに頬杖ほおずえを突いて、二人のやりとりをニマニマ笑いながら見守っていた。そして、愛生アキは他にうつわがなかったので、小丼風こどんぶりふうのお茶碗ちゃわんでカフェオレを飲んでいる。

 うーん、お二人さん……異世界部としてどうなの、それ。

 こんなことのために、僕の休日の朝が台無しになるのか、トホホ。


「ま、まあ、二人とも落ち着いて。まず、エミル」

「はい。なんでしょうか、ナギサ

「ほら、フィーナさんの耳、耳を見てよ。長くてとがってるるでしょう?」


 真顔のままで、エミルはじっとフィーナを見詰めた。

 そう、フィーナはエルフなので身体的特徴が明らかだ。ありえない位に整った美貌に白い肌、そしてその耳は長く伸びて今は垂れ下がってる。

 ちょっと、子犬みたいでかわいい。

 全員の視線が集まってしまい、フィーナは真っ赤になってうつむいた。

 だが、フムとうなったエミルの言葉は予想外のものだった。


「ふむ、エフタル星人ですね。地球から七十八光年ほど離れた星系に住んでる、ごくごくありふれた宇宙人です」

「ちょっと待って、待とうよ、エミル?」

「エフタル星人の特徴は、細身で肌が白く、男女ともに容姿端麗ようしたんれいで老化が遅いことです。その耳は、もっともわかりやすい特徴ですね。あと、エフタル星人は傲慢ごうまんで差別意識があります」


 今度は一転、フィーナが怒りで顔を真っ赤にした。

 バン! とテーブルを叩いて立ち上がる。


「ぶっ、ぶぶ、無礼な! 表に出てもらおう! 私はアリルリスタの名の下に、貴様に決闘を申し込む!」

「私的な決闘は、特務監察官とくむかんさつかん服務規程ふくむきていによって禁止されています」

「ええい、なんなのだ貴様は! やはり、時間を超えるなどと誇大妄想を抜かす、ただの異端者ではないのか!」

「……誇大、妄想? 否定、わたしは完璧な健康状態、精神状態です。それにしても妄想とは、あなたが言うと少し笑えますね」


 いやいや、エミルは全然笑ってない。

 真顔であおっていくスタイル? やめようよ、そういうのさ。

 そう思っていると、キッチンから二杯目のカフェオレを取ってきた愛生が間に入った。まぁまぁ御両人ごりょうにん、といった調子で、いつものへらりとした笑みを浮かべている。


「ねね、エミルっち!」

「エミルっち……?」

「あ、エミルんの方がいい?」

「それは」

「親しみを込めたあだ名だよん? かわいいでしょ、そっちのほうが」

「……コードネーム的なものと理解。わたしは構いません」


 ああ、癒やし系……ちょっと時々不安になる天然っぷりだけど、愛生は本当にいい奴だなあ。今度、安くて美味うまいものをおごってやろう。

 彼女は、腕組みそっぽを向いてしまったフィーナを気にしつつ、言葉を選ぶ。


「エミルっちさあ、小さい頃に漫画とか読まなかった? 剣と魔法のファンタジー! みたいなの。ゲームとか小説とかさあ」

「漫画……ゲーム? 小説、とは?」

「え?」

「……失礼、検索してみます」


 エミルは不意に、例のゴツい腕時計を操作し始めた。どうやらあれは、僕たちでいうスマートフォンみたいなものらしい。

 なんか、一昔前のSFみたいな小道具だな。

 僕たちの世界にもあったけど、あまり流行しなかった記憶がある。

 彼女は腕時計型の端末を何度か操作したあと、顔を上げた。


「理解しました。それらは……娯楽ごらく、ですね?」

「いやいや、ちょっと待ってエミルっち。そうかしこまって言うことかなあ?」

「私の時代、。銀河系全体の平和のために、激しい感情をかきたてる娯楽は大半が封印されました。わたしは二級衛星限定市民にきゅうえいせいげんていしみんなので、娯楽にきょうじる権利がありません」


 ああっと、なんというディストピア!

 これ、本当にこの世界の未来の話なんですかね……僕は不安になった。エミルの話では、二級衛星限定市民とは、移民の進んだ宇宙の星々で、上流階級が住む惑星に対して衛星……つまり、月みたいな場所にしか住めない人間だという。

 ちょっと、軽く絶望する。

 でも、よく考えたら彼女の時代まで僕は生きてはいないんだけど。

 そんなことを考えていると、七凪が周囲を見渡し結論を伸べた。


「決まり、ね。では、異世界部の活動を始めましょうか」

「いや、なにも決まってないというか……七凪、あの。むしろ、二人の対立は決定的なままというか」

「あら、渚クン。こういう時はお約束だぞ? 王道展開というものだってあるのだし」

「はあ」


 彼女は立ち上がると、笑顔で言い放った。


「今日は、街に繰り出して五人で遊びましょう。うんうん、これは名案ね」


 すぐに愛生が手を上げ立ち上がる。


「さっすがナナちゃん! グッドアイディアだよー! どこ行く? なにする? 買い物? カラオケは? お昼はね、いいお店があるよ、それと商店街のクーポン券も!」


 おいおい……今日は確か、エミルの探してるゲートキーパーを捜索するんじゃなかったのか?

 そういえば、そのゲートキーパーなるものはどういう形をしているのだろう。 大きさは? なにか音や光を出しているのか、大まかにエミルが場所を把握することはできるのか。それがわからないと、闇雲に探したって見つかる筈がない。

 そのことを素直に告げると、エミルは無表情の顔を僅かに限らせた。


「このまほろば市にあるという以外、なにもかもが不明です。そして、詳しい情報に関しては開示することはできません」

「例の、この時代に干渉し過ぎてはいけない、影響を与えてはいけないってやつ?」

「肯定、ですね。理解が早くて助かります、渚」

「まいったなあ、どうやって探せば」


 ふと気付けば、七凪がにんまりとこちらを見詰めていた。その瞳には、明らかに期待が込められた輝きがある。おいおい、僕になにをしろっていうんだ。

 頭脳明晰ずのうめいせきで成績優秀な七凪が、パパッと名案ひらめいちゃってくださいよ。

 私にいい考えがある、くらい言ってくださいよ。

 あ、でも駄目だ……この人さっき、みんなで街に出て遊ぶってプランを名案とかのたまったんだった。はあ、困った。


「ん、待てよ? えっと、フィーナさん」

「なんだ、渚。……私は今、不機嫌なのだ。怒っている」

「見ればわかります。でも、そこを曲げてなんとか、その……お願いが」


 エミルにやりこめられて、フィーナは少し気の毒な程に意気消沈していた。見た目は綺麗なお姉さんなのに、こういう時は酷く幼く見える。

 僕は貸したジャージや一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩義をちらつかせつつ、こう切り出した。


「フィーナさん、魔法で探しものってできないですか? こう、うらない、的な」

「む、それは可能だ。というか、得意だ! 城でも、私の占いは評判だったからな」

「やっぱり。あのぉ……実はエミルが、捜し物をしてて」


 予想通り、フィーナは眉根まゆねを染めて不快感をあらわにした。だが、彼女はチラリとエミルを眇めて、やがて肩をすくめる。


「そのエミルとやらは、無礼で非礼だ。だが、同じく失礼を返せば、私も同じ愚かさにおちいってしまうだろう。それに、アリルリスタの第三皇女だいさんこうじょが他者を見捨てたとあっては、いい笑いものだ」

「……占いとは非科学的です。でも、一つわかりました」

「なんだ、エミルとやら。これは高貴なる義務だ。私は由緒正しい血を受け継ぐからには、自分のできる全てで周囲を守ってやるつもりだ」

「ありが、とう、ござい、ます」

「なっ!」

「とりあえず、あなたがエフタル星人ではないことがわかりました。エフタル星人はもっと強欲なエゴイストで、とてもお金に汚い人たちなので」


 わかり難いが、エミルなりの感謝の言葉のようだ。そして、あきれたように鼻で笑うフィーネも、悪い気がしないらしい。

 こうして、フィーネが呪文で光の魔法陣を眼前に広げる。

 その間ずっと、七凪は愛生とスマホを突きつけ合って、今日遊ぶルートを調べるのに夢中のようだった。肝心なところで役に立たない、ちょっとポンコツな彼女にやれやれと思ったが……そんなとこも、かわいげがあっていいかもと思い始めてしまう僕なのだった。

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