フッ、やれやれだぜ……って感じのアレ
まったく、朝から散々な目にあった。
登校を終えた僕は、
フィーナはフィーナで、自分が元の世界に戻る方法を探しているらしい。
「そういや、例の
当面の目的は、大きく三つに絞られた。
一つ、僕が元の世界に戻る方法を見つけること。
一つ、ついでだからフィーナの帰還方法もできれば見つけること。
そして最後にもう一つ、エミルのゲートキーパーを探すことだ。
「まあ、七凪たちとまずは……エミルのゲートキーパーってのを探すか。しかし、未来人に異世界エルフと来たら、明らかに設定盛り過ぎ、ネタの
正直もう、
しかも、全員本物なのである。
決して、そういう自分を演じて酔ってる訳ではない。
そういう意味では、一番痛いのはやはり僕か? 誰とも関わりたくないとはいえ、自ら進んで近寄りがたい雰囲気を演じてた。そんな僕が一番やばいのか?
フッ、僕に限ってそんな、まさか……っと、そういうとこだぞ、
そんなこんなで、教室が見えてきたその時だった。
不意に背後から元気いっぱいな声が響き渡った。
「渚、おっはよー! そーれ、ドーン!」
背中になにか、やわらかいものが当たった。
振り向けば、ふわりといい匂いが鼻腔を掠める。
背中にドッカリと、
満面の笑みが近くて、肌を彼女の呼気が撫でる。
「お、おいおい、離れろって。なんだよもう、愛生」
「朝からしょぼくれてるなー、ニシシ! ねね、なんかあった? むしろ、なんか当たった?」
「まあ、ささやかながらも確かな膨らみが背中に……って、なに言わせるんだよ!」
「えー、ナニをブイブイ言わせちゃう訳? あたしにー? キャー、渚さんのエッチー!」
駄目だ、まともな会話が成立しない。
でも、底抜けに元気で無邪気な愛生を見てたら、自然とこっちも苦笑が
うーん、かわいい……そっちの趣味はないが、ちっちゃくて小学生みたいだ。
自然とこっちまで、気持ちが安らぐような気がした。
「あのな、愛生……俺は別に、なにも……ない、訳じゃなかった」
「でしょー? そゆ顔、してるもん!」
「……そんなに深刻な顔してたか?」
「んーん、にやけてた!」
思わず僕は、手で顔を覆った。
だが、愛生は「なんてな! うっそー!」と笑う。
ははは、こやつめ。
いつか絶対、
安全かつエグい手で、
僕の教室の前まで来ると、クラスが別の愛生は振り返った。僕の顔をまじまじと見て、背伸びしてくる。彼女が身を乗り出してくるので、僕は思わずのけぞった。
「なんか……困ったことあったら、なんでもナナちゃんに相談するんだよ?」
「お、おう」
「あたしでもいいけど」
「いやまあ、こないだからずっと頭がオーバーフロー気味だ。なんていうか、ここが僕には異世界で、そこかしこに異世界があるんだからな。参ったよ」
不思議と弱音が出た。
だが、そんな僕を見詰めたまま、愛生は不思議なことを言い出す。
彼女の大きな目に、その光を吸い込む
「ま、元気出しなよ。あと、気をつけてね? 異世界をのぞく時、異世界もまたこちらにのぞかれているのだ、だよっ!」
「お、おう……それ、普通じゃないか? 同じ意味だろ、前後で全く同じことだ」
「むっふ、そぉかもね。んじゃ! また放課後に部室でねーっ!」
「あ、おいっ! 待てよ! ……僕は異世界部じゃないっての」
愛生は行ってしまった。
なんだよ、意味深なことを言って。
――異世界を
だっけ? ……それ、当たり前じゃないか。
覗く側から見たら、そりゃ……相手は覗かれているよな?
でも、どっかで聞いたような言い回しだ。
僕はよく思い出せないが、特に気にもとめなかった。
教室に入ると、クラスメイトが朝の挨拶で出迎えてくれる。不自然にならぬよう、僕もおはようと返した。あれ? 意外と普通に溶け込めてるな。
僕は、いわゆる痛い奴を演じて
ただ、今はそうすることの意味自体が消失したようにも思える。
そうだ、元の世界に戻るにしろ、異世界に悩んだってじょうがない。まずは目の前のことを片付けてやる。でもそれとは別に、今は普通の男子高校生として暮せばいいいのか。
「なんだ、簡単なことじゃないか。あ、おはよう。えっと、君は……ああ、
「よっす! おはよ! 今日はどうだー? 宿命の傷の具合は?」
「フッ……
「なんだよ、朝からノリいいな。それよかさ、汀」
「渚でいいよ」
「お、そうか? じゃあ俺のことも
「フッ……悪いな、高レベルの回復魔法を使う
あ、割と簡単だ……ってか、みんなひょっとしていい奴?
まあ、これもあいつのおかげだけどな。
ここでは、ちょっと個性的な人間への許容範囲が広い。とてつもなく、広い。
僕は周囲と、朝のニュースの
そして自分の机に向かえば、その隣で朝から爆睡している女子がいた。
「……良く寝るよな、七凪」
「あ、
「授業中も結構、寝てるけどね」
「それな! ……ってか、神薙さんのこと七凪って呼び捨てにした? え、なに、ちょっと」
「い、いや、それは……神薙さんてほら、なんかこう、グイグイくる時あるしさ」
「……そうなんだ。へー、そうなんだあ」
そう、神薙七凪はグイグイくる。
それなのに、妙な距離感で僕の周囲をかき乱していくのだ。
その七凪だが、机に突っ伏して寝ている。
とてもじゃないが、学園のマドンナ的存在がしていい格好じゃなかった。
授業中なんかもたまに寝てるし、これで学校一の秀才なんだから嫌になってくる。
だが、僕が
「おはよ、渚クン? ……ふふ、大変だったわね」
真横を見れば、七凪は両腕を
なんだ、起きてたのか。
彼女はそのまま身を起こそうとはしない。
それなのに、酷く
「た、大変だった、とは」
「なんとなく、よ。女の
「それはまた」
「なにかあったのかしら? 少し疲れた顔をしてる。この朝がもう、始まる前から終わってるって顔してるわ」
「……今さっきまで寝てた人には、言われたくない感じなんですが」
彼女はようやく上体を起こすと、大きく伸びをする。
たわわに過ぎる胸の重みが強調されて、僕は思わず目を
ついチラチラ見てしまったが、
どこまでもマイペースだが、突然ドキリとする言葉を投げてくるのだった。
「それで? さ、話して
「お見通し、ですか?」
「さあ? ただ、私がそう思うからだけなんだけど」
しょうがないから、僕は昨夜から今朝にかけてのことを七凪に伝えた。
あのあと、学校の帰りに例の変質者と遭遇したこと。彼女の正体は、異世界から来たハイエルフで、アリルリスタ家のフィーナという名だということ。
なにもかも話したら、面白そうに
愛生には小動物的なかわいさを感じるが、七凪は猫のような、猫科の肉食獣のような鋭さを感じることがある。それなのに、危険な魅力と思っても怖くはないのだ。
「そう。例の、社の前に現れた不審者ね。それで?」
「それで、って……とりあえず、保護した。な、なにもなかったよ?」
「ふむふむ、それで?」
「……いや、なにもなかったって」
「そ・れ・で?」
ぼくはついに、七凪の視線に負けて全部を喋ってしまった。一晩泊めたことは
隠し事が上手くできない癖に、普段と違う悪夢を見たことは話しそびれた。
でも、どうしてそんなに七凪は僕を構ってくるのだろうか。
普段から男女を問わず大勢に、あんなにちやほやされているのに。
そのことを僕は、正直に聞いてみた。
「あら、いけない? 責任を感じてるからよ。そ、それだけ。……本当に、それだけなんだから」
なんのことだかさっぱりわからなくて、僕は朝から途方に暮れるのだった。
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