それは間違いなく、異世界でした
僕は目を疑った。
眼前に今、確かにあの
やや
そう、ぼやけて
あの時……確かに僕は見た。
この社から、天変地異のような大災害が始まった気がする。
立ち尽くす僕の前に出て、
「どうかしら? 多分、
「え、あ……は、はい。でも、どうして……」
「ん、そうね……例えば、こうは考えられないかしら」
名探偵七凪、なんてキャッチフレーズがぴったりな、謎解きの時間が始まった。
物証どころか状況証拠もない、それは七凪の妄想とも言える話。しかし、
そして、
「よくある創作や娯楽作品で、何度も異世界の描写があったけど……言葉が通じたり、同じ生態系だったりというのは、よくある話よね?」
「それは……だって、そうしないと物語として成立しないからじゃないですか?」
「
あたかも
誰の物語かって?
創作物、
いや、待てよ……!?
そういうことって、あるのか!?
「ま、待ってよ、七凪。……例えば、現実世界が物語の作者側だとしたら? さっき、七凪は言ったよね。僕の世界があったとしても、それは七凪から見て異世界だって」
つまり、こうだ。
今いるこの現実世界……ここは、僕にとって実は異世界だったのだ。
この九年間、ずっと気付かず過ごしてきた。
でも、今はこうしてはっきりと差異を目にしている。
ここは……あの大火災が発生しなかった世界。
僕は突然、足元が崩れ落ちるような錯覚によろけた。
だが、七凪は嬉しそうに瞳を輝かせる。
「あら、七凪クン……素敵だぞ? そういう言葉を待ってたの。そう、異世界は全てが元の世界と全く違うなんてことはないの。それは異世界じゃなくて、異次元だもの」
「つまり……言葉が通じて、同じ日本で、普通に暮らしてた僕は」
「こちら側、異世界に知らぬ間に迷い込んでいた……改めて、ようこそ異世界へ」
なんてことだ……ここは、異世界。
僕が知っているまほろば市とは、
異世界としての相違点が、あまりにも小さく少ない、しかし確実に存在する。
その証拠に、この場所に確かに社は存在していた。
まるで忘れ去られたように、隠されたように。
だが、謎は残る。
「七凪……君は
僕の言葉に、待ってましたとばかりに七凪は鼻を鳴らした。
得意げにドヤ顔してみせる、その幼稚さもなんだか不思議とかわいらしい。
「一つ、まずは責任を感じているってことよ」
「責任?」
「それと、もう一つ。キミにとても興味があるの。だって、キミは――」
そこまで言って、七凪は突然口を
急に真面目な顔を作って、僕へと近付いてくる。
なにか空気が変わったみたいで、どこか興奮気味の彼女はどこかへ行ってしまった。目の前には、透き通る緊張感を
「渚クン、ちょっと」
「へ? ちょっと、って……あっ、あの!? え、ちょっと!?」
「そう、ちょっとよ。ほんのちょっと」
不意に七凪は、僕の右腕に抱き着いてきた。
そしてそのまま、グイグイと僕を社の裏側へと引っ張ってゆく。
訳がわからず、僕はあたふたうろたえつつ、逆らうことはできない。
ただ、ふわりと舞い上がる白い髪から、やっぱりとてもいい匂いがした。
しどろもどろになった僕を、押し込むようにして七凪が身を寄せてくる。僕はまるで、かくれんぼをする子供みたいに
「渚クン、見て」
「なにを」
「ほら、誰か来たわ……」
「まずいんですか!?」
「そこそこ、ね」
意味がわからない。
だが、彼女が小声でささやく、その息遣いが
僕はどぎまぎしながらも、そっと物陰から様子を伺った。
七凪が言う通り、スロープから人影が上がってくる。
顕になった姿を見て、僕は声をあげそうになった。
慌てて口を抑えつつ、声を潜めて七凪を振り返る。
「七凪、変な人が……まさか、例の変質者?」
「ふふ、変質者で済めばいいのだけど」
なんだか不敵に、そして素敵で無敵に七凪は
その
あまりに
その姿は異様なものだった。酷く痩せた、影みたいな印象の長身で、他に特徴的な部分は見て取れない。そう、見えない。何故なら、全身をマントのようなもので覆って、目深にフードを被っている。体も顔も、露出が全くない。
そんな格好だから、なるほど確かに不審者だと思えた。
不審者は周囲を一度見渡し、鳥居をくぐって社に向き合った。
発せられた声に、僕は驚く。
「……何度来ても駄目か。やはり、ゲートが開く気配がない」
女の声だった。
それも、同世代の少女のように思える。
それにも驚きだったが、さらなる
そっと、謎の少女が手を伸べる。
社へと向けられた、異様に白く細い腕。
指輪をした手の平は、次の瞬間……ぼんやりと輝き出す。そして、あっという間に光の文字が無数に宙へと広がった。
それらは互いに呼び合い図形を構成してゆく。
安直に例えるなら、魔法陣という感じだ。
「な、七凪」
「静かに」
振り向く僕の
黙って見守れば、少女は低い声で呪文らしきものを呟いていた。何語なにか、さっぱりわからない。強いて言えばフランス語のような響きだが、意味不明な音の羅列だ。
それでも徐々に、少女は歌う楽器のように声を高鳴らせてゆく。
そう、まるで歌声のように呪文が響き渡った。
魔法陣はいよいよ輝きを増して、周囲を
だが、不意に光が弾けて霧散し、周囲は静寂を取り戻す。
「――ッ! 何故だ。この場所がゲートであることは間違いないのに。それなのに、何故……こうしている間も王国は。私が戻らねば、奴らが……
僕は今日だけで、自分が本当は普通の人間なんだと思い知らされた。
そっと右手に
七凪や
違う気がするし、それが今はなんだか悔しいというか、妙に落ち着かない。
少女は落胆した様子で、去っていった。
その姿が消えて初めて、僕は社の影から這い出た。
「い、今のは……七凪」
「ここ、異世界ですもの。キミにとっての……私たちにとっての、異世界。魔法使いくらい、いてもいいと思わない?」
「私、たち? じゃあ、七凪も」
「さて、どうかしら。ふふ……でも、よかった。やっぱりここがゲートなのね」
「えっ?」
七凪はフムフムと頷いて、社へと視線を滑らせる。
彼女の
「あの、七凪……ゲートって」
「異世界同士をつなぐ門、それがゲート。
楽しそうに七凪が目を細め、そして振り返った。
ドキリとするほどに、その姿は美しい。
そして僕は今、改めて痛感させられた。
ここは異世界、僕が知っているまほろば市とは違う場所。
そして、そこで一番異彩を放つ七凪に、気付けば強く強く
人に興味を持たず、むしろ遠ざけてきた僕は、そのことを自覚して驚きを禁じ得なかった。
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