Act.02 見知らぬ故郷、忘れられぬ過去
僕は嘘なんてついてない
転校初日から、僕は疲れ切っていた。
教室の窓際、列の最後尾……一人孤独に時間を過ごすには、素晴らしい立地環境だ。だが、逆を言えば逃げ場がない。休み時間の
他人は、苦手だ。
僕はどうしても、人間が信用できない。
できるだけ関わりたくないんだ。
「ふぅ……でも、親切を
ようやくホームルームが終わって、放課後が訪れた。最後に担任の女教師は、最近出没する変質者に気をつけるよう言って、去ってゆく。
部活に入る予定もないので、これでようやく解放された。
だが、隣をふと見やれば、あいも変わらずの
そう、
彼女の周囲は、常に人だかりだ。今も、男女を問わず多数の生徒たちが取り囲んでいる。よほど人気者なのか、他のクラスや下級生まで押しかける始末だ。
「神薙さん、ここの問題が難しくて……わたし、数学苦手だから」
「春の大運動会だけど、俺が実行委員になっちゃって。勝手がわからなくてさ」
「神薙さん、今日は部活は? もしよかったら一緒に遊びに行こうよ!」
「あのっ、神薙先輩! これ、クッキー焼いてみたんです。お口に合えば」
「神薙さー、こないだサンキューだしー! あの店、まじヤバい品揃えだし!」
人望の
イセカイ系どころか、
なんなの?
だが、たった一日で俺は七凪のスーパーヒロインっぷりを思い知った。転校生として机を寄せ合い、一冊の教科書を二人で見るだけで、知り尽くした。容姿端麗、学業優秀、才色兼備で文武両道。
そして、いい性格をしている。
性格がいいのではない……なかなかに突き抜けた
「大した人気だ……でもなんだ? イセカイ系って。ちょっと盛り過ぎじゃないか?」
僕は帰宅の準備をしつつ、ぼんやりと七凪の横顔を見ていた。
今日は一日、お世話になりっぱなしだ。
こんな陰キャ志望の僕でも、一言礼ぐらいは言いたい。お礼の言葉じゃなくてもいい、ただ一言「さよなら」とか「また明日」とか、その程度でいい。
思えば、他者への感謝など久しぶりかもしれない。
なにせ、人と極力関わらず、関わりを受けずに生きてきたから。
ただただ
「ナナちゃん、凄いでしょ。いるんだなあ、いわゆる学園のマドンナ的な。キャラ、
振り向き見上げると、小柄な少女がニヒヒと笑っていた。
第一印象は、子犬。
酷く童顔で、
彼女は机の前まで回り込むと、グイと身を乗り出してきた。
「
「ど、ども……すっげえ名字」
「あ、それね。エヘヘ、よく言われるんだ」
さらに愛生は顔を近付けてくる。
その黒目がちな瞳は、不思議な光が
そう、輝く闇とでも言うべきか、覗き込んではいけないのに目を奪われる雰囲気。
それもそうだが、こんなに女子に近付かれたのも初めてで、僕はドギマギした。あれ? でも授業中の七凪はそんな……ああ、そうか。あの人は現実感がなさすぎて、女の子として意識できなかったのか。
愛生は僕をじっと見詰めて、真剣に声を作った。
「教えてくれるかな、汀君。君、さ……どんな宿命を背負ってるの?」
「ッ! ……そ、それは、ですね、ええと……なんというか」
「凄い包帯、だよね。この手」
不意に愛生は、僕の手に手を重ねてきた。
包帯を巻いた僕の手へ、柔らかな体温が浸透してくる。
僕は慌てて、その手を引っこ抜いてしまった。
ええと、こういう時は……いつものキャラでいくか。
「フッ……軽々しく語れはしない。お前を巻き込んでしまうからな」
決まった……我ながらお寒い!
だが、どうだ?
「ふぅん、そうなんだ。ふふ、優しいね。でも、わかるよ……君はあたしと同じ。この世界では異物、異端でしかない。異物として
「えっ? あ、ああ、いや、おう……そうだな、僕たちには居場所がない。そう、いわば永遠の
ちょっと待て、ガチか!? これはなにかの我慢大会か?
僕は初めて経験した。人を遠ざけるための痛いキャラ作りが、逆に痛い奴を引き込んでしまった。気付けば情けないことに、隣の席へと救いの視線を
だが、七凪は上級生のお姉さまに囲まれていた。
痛いキャラにも属性の違いがあるのだと、思い知らされた。
愛生はガチだ。
「それに、言っても信じてもらえないしさ」
「ん? なになに、なぁに? 汀君、教えてよ」
「いや、大したことでは……なくも、ない、か」
本物が持つオーラって、凄い。僕はいわゆるナンチャッテな
だからつい、話してしまった。
僕が人を信じられない理由を。
人が僕を信じなかった、あの日の悲劇を。
「まほろば市の山手側にさ、ほら……自然公園があるだろう?
「……ほへ?」
「ほら、僕が小学校三年生の頃だから、十年は経っちゃいない。鎮守ノ森が大火災で」
「大火災……ふむ。そういう設定の話?」
「違う、違うんだ……やっぱり、信じてもらえないのか? あんな大きな山火事が」
「えっと、鎮守ノ森なる自然公園……そんなの、この町にあったかなあ?」
「は?」
愛生は身を起こすや、腕組みしながら
嘘、だろ? 町にだって被害が出た。僕は見た……まほろば市一体が火の海だった。それに……僕はその時、この右手に消えない傷を負ったんだ。
そう、記憶を辿れば今でも、頭の奥がズキリと痛む。
もやがかかったように、不鮮明な記憶が存在だけは確かだ。
小さい頃の僕は、あの森でなにかに出会って、そして……そう、
目が覚めたら病院だった。
両親にすぐ話したけど、信じてもらえなかった。
そう、僕があの大火災に関わっていた……そう言っても、大人は誰もが首を傾げるだけだったんだ。
「……もう、いい。いいんだ、ええと、九頭竜さん」
「ん? ああ、愛生でいーよ? わたしも渚って呼ぶ」
「僕に、関わるな……これは演じたキャラじゃない。僕は一人でいたいんだ。人とは関わりたくない」
「ほうほう! ……だってさぁ、ナナちゃん!」
ふと気付けば、隣の席で七凪が立ったとこだった。
彼女は僕に向き直ると、
そこはかとなくいい匂いが、
花のような、果実のような、それでいてどこかドライな空気が広がった。
「とても興味深い話ね、渚クン。ああ、私も渚クンって呼ぶけど構わないかしら? 当然、キミも私のことは七凪と呼び捨てるべきね」
「あ、いや……」
「それで、さっきの話なのだけど……もう少し詳しく聞きたいわ。私はこのまほろば市に十年近くいるけど、そんな大災害の記録なんて残ってないもの」
「嘘だ! い、いや、ごめん……でも」
「
当時、ようやく退院した僕は、知らぬ間に転校の手続きが終わってて、新しい小学校に通った。まほろば市を出て転校した先でも、全く話題にされていなかった。
小さな
僕は、友達になってくれた子たちに話した、相談した。
誰も知らないと首を振り、僕には嘘つきのレッテルが貼られたんだ。
「……ええと、神薙さん」
「七凪、と呼んで
「七凪、さん。今日は色々とありがとう」
「どういたしまして。さて、行きましょうか」
「は? いや、行くって……え? 僕が? どこに」
「決まってるじゃない。部活よ、部活。異世界部」
ススッと愛生が、七凪の隣に立った。
すらりと長身の七凪に並べば、愛生は制服を着た中学生、ともすれば小学生に見える。だが、二人は
「私は異世界部部長、神薙七凪。渚クン、キミの謎に興味があるの。凄く、すっごくね」
「そんで、あたしが副部長! 異世界部、現在部員は二名! ようこそ、渚!」
ようこそ? いや、ちょっと待って……イセカイ部?
僕は思わず、ぽかんとしてしまって自分を指差した。
七凪は静かに微笑を零し、ウンウンと愛生が
「ゴ、ゴメン……僕、帰宅部だから。異世界部? なにそれ……なんだよ」
「主に、実在する異世界の数々を研究し、それに関するトラブルの解決なんかをしてるわ」
「は、はは……七凪さん。そんな……冗談キツいよ。そゆキャラで、よくあんな人気者に……と、
僕は
振り向かずに教室を出る。
意味深な視線がずっと、背中を撫でてくるような……だが、二人は追いかけてはこなかった。僕は玄関ではなく、図書室の方へと向かうのだった。
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