旅路
銀目の駅弁にはヒレカツが四枚乗っていて、私は牡蠣フライ弁当を買っていたので、「あげるニャ」「うん」どちらともなく二人で一つずつ交換した。それから互いに示し会わせるでもなく同じタイミングで澄の方を見ると、澄はなんだか難しい顔をしながら固まっていて――澄の弁当は幕の内弁当だった――ふと手元の弁当から大ぶりの筍の煮しめを箸で持ち上げる。
「……鉛丹これあげるね」
筍の煮しめが白ご飯の上に降り立ち、私が代わりに牡蠣フライを一つ幕の内の仲間に加えていると、銀目がその様子を見ながら何か意味深にニコニコとしているので、私は銀目の弁当からヒレカツを取り上げて澄の弁当の上に置いた。「ニャッ!?」銀目がビックリ顔に変わるのを横目に、「澄ちゃん、これいい?」「いいよ!」澄の弁当から厚焼き玉子を取り上げて、銀目の二枚残ったヒレカツの上に置く。
「銀目ありがとー!」
「うん~!て違うニャ、エンタン!」
銀目が嬉しいやら怒ってるやら複雑な表情を浮かべてこちらに詰め寄るので、素知らぬ振りも叶わず私は吹き出してしまう。「自分で交換したかったのに……」もそもそと厚焼き玉子を口に運び始める銀目。いじけた振りをする彼女に、澄が脇から椎茸の煮しめを差し出すと、銀目は三枚目のヒレカツを澄の弁当の上に載せた。
窓の外は昼下がりの日がポカポカ照っていて、次第に緑が目につくようになりだした風景の頭上に、相変わらず透き通るような青空が広がっている。澄がくれた筍を口に運ぶと、鰹だしと醤油の風味の香る煮汁がじっくり染みており、弁当のおかずと思えないほどに美味しい。銀目がこちらを見ていない間に、牡蠣フライを二つ、私はこっそり彼女の弁当の隅に忍ばせておく。
*
新幹線からローカル線に乗り換えて、四人掛けのボックス席に、銀目が私の向かいに、澄が左斜め前通路側に座っている。膝上で駅弁を食べ終えてから、空の容器などをまとめて左の空席に置き、銀目と澄が談笑しているのを横目に、私は窓の外をぼんやり眺める。
お昼を食べ終わる頃になると、いつの間にか電車は山の中に入ってしまって、窓には緑色の草木ばかりが映るようになった。しばらくしてトンネルに入り外が暗くなると、窓に車内の様子が反射して映り込むようになり、澄と銀目が窓ガラス越しにこちらに気づいて小さく手を振った。
*
話し疲れてしまったのか、窓側の銀目に澄が寄り掛かるような格好で二人は眠っていた。長く続いた山中とトンネルとの行軍が終わり、最後のトンネルを抜けるなりにわかに外は一面の銀世界になった。遠くの方まで続く、平原のようにさえ見える田園と、その間にまばらに目につく家々も道路も皆、真っ白な雪に厚く覆われている。灰色に垂れ込めた空から、深々と雪が降り続けている。
それほど多くもなかった他の乗客も、途中の駅で皆降りきってしまい、今や私たちが座っている以外の座席はすべて空になってしまった。静かな車内に、二人の寝息と、ガタゴトと揺れる電車の音だけが聞こえていた。元より静かだった車内も、とりわけトンネルを抜けてから、心なしか一層静かになったようにも思える。
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