蕎麦

 観光地には大抵、なぜかやたらに蕎麦屋が軒を連ねているように思う。お昼時が近くなってもなかなか蕎麦屋以外の店が見つからなくて、いくらかさまよい歩いた末に、結局入るのは表に蕎麦のメニューを出しているお店というのが通例で、今度もいつもの例に漏れず蕎麦屋に入って、四人掛けの席に、澄と私が隣り合わせに、銀目が私の向かいに座った。少し手狭なテーブルの上に、割り箸に香味の瓶にメニューが置かれている。最初に銀目がメニュー――片隅をリングで留めたラミネートの束――に手を伸ばし、テーブルの真ん中に広げたそれを三人でめくりながら、文字面から料理の想像を膨らませる。


「私は天ぷら蕎麦でー」

「Aセットニャ」

「あっ、私は、私も天ぷら蕎麦で……」


 注文を取り終えて戻っていく店員の腰のあたりから、狸の尻尾が生えていた。なんとなく三人ともその尻尾に見入って、その背中が厨房に消えていくと、澄と銀目の視線が同時にこちらを向いた。


 *


「普通……だったかなぁー、ニャン」

「天ぷら蕎麦は美味しかったよ」


 私も天ぷら蕎麦にしておけばよかった、ニャーニャーと銀目が残念がるのを、澄はくすくすと笑っている。


店に入る前よりも日はわずかに傾いている。足元のアスファルトの合間を縫って、猫じゃらしや雑草が点々と生えており、陽光を透かして黄金色に輝いていた。少し上り坂になっている道には、やはり他にも蕎麦屋ののぼりがいくつもはためいている。澄と銀目の二人が前を歩くのを、私はあえて少し遠巻きに追いながら、首から提げたカメラを持ち上げて目の前に構え、二人の背中がディスプレイに収まるようにしてシャッターを切った。

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