わらび餅

 物珍しそうな品々が並ぶ土産屋が軒を連ねている。ずっと通りの先を見通すと、向こうに大きな鳥居が見えた。出店で買った串付きのわらび餅を片手に載せて、隣で同じようにわらび餅を貰った澄が、きな粉を飛ばさないように息を潜めながらそれを頬張っている。「美味しい?」私の言葉に彼女は難しい顔をして首を傾げ、「……あんまり甘くない」モゴモゴとわらび餅を飲み込むなりそう答えた。


 わらび餅は白い紙の上に載せた格好で渡されて、温かく柔らかい感触がてのひらに伝わってくる。きな粉がまぶされた表面に、わずかに傾いだ日差しが掛かってなんとも綺麗だった。私もそれを少し齧ってみると、確かに思ったほどではない、けれどほのかな甘味がして、きな粉の風味がぱっと鼻に抜けた。美味しいかどうかはよくわからない。わらび餅を食べるのは初めてだから、こういう味が普通なのかもよく知らない……。通りを振り向いてみると、他にもあちこちにわらび餅ののぼりが立っていて、「食べ比べしてみるのもいいかもねー」モグモグ食んでいて口を開けない私の代わりに澄がそう呟いた。


 *


 食べ終えた串と紙をまとめて出店の人に片付けて貰い、私たちは遠くに見える大鳥居を目指すことにした。遠目にも目を引く朱塗りの大きな鳥居。連なった屋根越しにはうまく見えないけれど、その鳥居の向こうにやはり大きな石段と、それから拝殿というのだろうか、立派な建物が見え隠れしている。


 別の出店で買ったわらび餅を片手に、通りを真っ直ぐ鳥居の方面に向けて歩いていく。通りは鳥居に向かって少し傾いた角度で延びており、たぶん真っ直ぐ行った後に右に折れ曲がる必要があるのだろう。だんだん通りの終わりが見えてきて、その予想が正しそうだなということがわかってくる。大鳥居が右方に見えてきた。


 *


 鳥居をくぐった先は広々とした大きな参道になっている。参道の脇にもたくさんの屋台が連なっていて、金魚すくい、と書かれた屋台の足元に子供たちが群がっているのが見える。


 左の辺りに手水舎が見えてきて、正面にはよくわからない建物が道の中程に佇んでいた。


「舞殿……って言うんだって」


 澄の説明に、へぇー、と相槌を返しながらその建物を眺めた。確かに人が舞えるぐらいの広さがあるかもしれない。柱の間から本宮(と言うらしい)に続く石段が見えた。


「えんたーん、行こー」


 手水舎に向かっていた澄がこちらを振りむいて私を呼んだ。


 *


 御朱印を貰ってホクホク顔の澄が前を歩く。白いパーカーにジーンズ――ずっと気になっていたけど、やっぱりあんまり似合ってないように思う……。いつもの着物姿の方がかわいいなぁ、ぼんやり思い巡らせながら澄の後ろ姿を眺める。


「あっ、リス!」


 前を歩く澄が突然大きな声を上げた。彼女が指差すほうにつられて視線を向けると、並木の幹を茶色い影が駆け上がっていく最中だった。小さなその影は梢の中の枝の一つに登るなり、急にそこで動きを止めた。大きな尻尾。忙しなく周囲を伺っている。


 リスなんて初めて見た、そう澄が続ける間に、リスはさっと身を翻して木から降りたかと思うと、並木の向こうに走り去っていってしまった。「あー……」澄が残念そうに声を上げて、それからこちらを振り向いて笑うので、私もつられて頬が緩んでしまう。

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