第1章 狼男が鳴く夜に

第9話 突然の訪問

「んー……終わったぁ」


 教授が退室し、ウチは思い切り背筋を伸ばす。実技と違って、講義というのはやはり退屈だ。


「今日はお昼、どうする?」


 隣の席の遥が、ウチに声をかけてくる。ウチは財布の中身を思い出しながら、少し考えて答えた。


「今日は仕送りの残りがまだ一杯あるから、たまには外でランチしよっか」

「いいね! じゃあ最近出来たばっかのカフェにしようよ、パスタが評判のあそこ」

「賛成!」


 そうと決まれば急ぐが勝ち。ウチは手早くノートと筆記用具をバッグにしまい込むと、遥と一緒に講堂を出た。



「でも、意外」

「何が?」

「人物画よ。あんなにスッパリ諦めるなんて、思ってなかった」


 遥の指摘に、思わずギクリとなる。ウチはなるべく平静を装って、曖昧な笑みを浮かべた。


「アハハ……何て言うか、ハッキリ解っちゃったんだよね。ウチには人物画の才能ないって」

「美沙緒らしくないなぁ。どんなに貶されても折れないのが美沙緒だと思ったけど」

「買い被りすぎだよー。ウチ、そこまでメンタル強くないし」


 何とか誤魔化しの言葉を並べながら、心の中で冷や汗を掻く。まさか間違ってモノノ怪の正体を暴いたら命の危険があるから……とは、口が裂けても言えない。言える筈がない。


「……美沙緒がそれでいいって言うんだったら、あたしもこれ以上は言わないけど」


 どこか納得いかなそうに、でもそれ以上は追及してこない遥に、胸がチクリと痛む。きっと遥は、ウチの事を心配してくれてるんだと思う。

 そんな遥に嘘を吐く事に、罪悪感を感じる。でも本当の事を言ったら、遥まで巻き込んじゃう……。


「あれ? 何か校門の方騒がしくない?」


 ウチが悩んでいると、不意に遥がそう声を上げた。見れば、校門の前に何やら人だかりが出来ている。


「女の子ばっかじゃん。何アレ? イケメンタレントでも来たとか? うちの大学に?」

「さぁ……?」

「ちょっと見てこうよ。どんなイケメンか気になるし」


 そう言うと、遥はウチの返事を待たずにさっさと行ってしまう。遥はいい子なのだが、イケメンに目がないのだけ玉に傷だ。

 ……とは言え、人だかりが出来るレベルのイケメンがどんなものかはウチも興味がある。ウチは遥の後を追い、人だかりへと近付いていった。


「わっ……ホントに凄い人だかり……」


 近くで見ると、その盛り上がりっぷりがよく解る。黄色い声なんかも、ひっきりなしに飛んでくる。

 女の子達に囲まれた、こっちに背を向けた男の人の頭が見える。薄茶色の柔らかそうな髪は本当にどこかのモデルみたいで……。


「ん?」


 ……ちょっと待って。あの後ろ姿、なーんかどこかで見た覚えない……?


「あのー、誰かと待ち合わせですかー?」


 訝しむウチの前で、遥が後ろ姿に声をかける。そうして振り返った相手の顔を見て――ウチは、絶句した。


「なっ……なっ……!」


 驚きのあまり、咄嗟に言葉が出てこない。代わりに心の中で、ウチは絶叫していた。


(何で……白川さんが大学ココにいるワケえええええっ!?)


 そう、それは紛れもなく警視庁捜査零課、通称ユーレイ課所属の白川無道さんだった。な、何で!? 何でこんな事になってんの!?

 確かに、ウチの力を借りたい時は連絡するからって連絡先は教えた。教えたけど、その連絡なしに大学まで直接来るとは聞いてないんですけど!?

 ウチが混乱してると、白川さんの目がウチを捉えた。そして手を振りながら、大声でウチに呼び掛けてくる。


「おーい、待ってたよー、美沙緒ちゃーん!」

「えっ……あの超絶イケメン、美沙緒の知り合い!?」


 その声に、遥を含むその場にいた全員の視線がウチに集中する。ちょっ……何で大声で人の名前呼ぶのよ馬鹿ー!


「ちょっとゴメンね。君達、通して」


 ウチがどうしていいか解らず固まっていると、白川さんは人だかりを掻き分けてウチに近付いてくる。そしてウチの手を取り、ニッコリと微笑んだ。


「驚いた? ゴメン、どうしても早く会いたくて」

「あっ、あのっ、一体何っ」

「それじゃ行こうか。約束してた場所へ」

「い、いやっ、ウチまだ午後に実技がっ」

「サボっちゃいなよ。こっちの方が大事でしょ?」


 周囲を誤解させる台詞をポンポンと吐きながら、ウチの手を引いて歩き出す白川さん。それに抗いたいウチだけど、流石男性しかも刑事。どんなに手を振りほどこうとしても、全くびくともしない。


「はっ、遥っ!」


 一縷の願いを込めて、ウチは遥を振り返る。だけど。


「生憎だけど、実技で代返は無理! いーなぁあたしもデートでサボりたい」

「ち、違っ……助けてえええええっ!」


 無情にもそう言われ、ウチは為す術もなく、悲鳴渦巻く校門から遠ざかっていったのだった。

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