第8話 ようこそユーレイ課へ

「ウ、ウチが死ぬって……ど、どういう事ですか……?」


 恐る恐る、ウチは只居課長に問いかける。課長は恵比寿顔を崩さないまま、ウチの問いに答えた。


「まず、我々モノノ怪が正体を隠して人間社会で生活している事は理解したね」

「は、はい。まだちょっと半信半疑ですけど」

「もし人に絶対知られてはいけない秘密を誰かに知られてしまったら、どうするかね?」


 逆にそう聞かれて、もし自分がその立場だったらと想像する。そうだなぁ、もしウチなら……。


「言いなりにでも何でもなって、言わないでいてくれるよう頼む……かな」

「ふむ。普通の解答ではあるが、それで相手が言わないでいてくれるという保証は? もし仮に言わないで貰えたとしても、今後一生、その人に秘密をバラされるかもしれないと怯えながら生きる事になるね」

「うっ……」


 そう言われてしまうと、返す言葉もない。言葉を詰まらせるウチに、課長は笑みを絶やさず話を続ける。


「秘密を知った人間に、絶対に秘密を喋らせない方法が一つだけある」

「そ、その方法って?」

「『死人に口なし』。その秘密を知った相手を……」


 ――バサッ。


 そう、笑顔で自分の首を切るジェスチャーをする課長。ここまで言われれば、流石にウチも今の自分の立場を理解した。

 ウチには、人間に紛れて生きているモノノ怪の正体を暴く力がある。ここにいるイケメンを、のっぺらぼうに描いたように。

 けどモノノ怪達は、人間に正体を知られたくない。もしもウチがそうと知らずに、モノノ怪の正体を絵に描いてしまったら――。


 あの時のおじさんモノノ怪みたいに


(――っ!!)


 瞬間、全身に一気に鳥肌が立った。忘れていた恐怖が、グルグルと頭の中に渦を巻き出す。

 そう、そうだ、ウチ、そうだよ、殺されかけたんじゃん。呑気に自分の将来について考えてる場合じゃなかった。

 しかも、ウチ、ハッキリ知っちゃったよ。モノノ怪って存在が本当にいるって知っちゃったよ。

 これってどうなるの? え? ウ、ウチ、やっぱり死んじゃうの!?


「課長、少し脅しすぎですよ。本当、笑顔で人の心を抉りにくるんですから」


 その時、すっかり怯えきったウチをフォローするように美人さんが口を挟んだ。うぅ……この美人さん優しい……。

 美人さんの言葉に、只居課長は悪びれる様子もなく笑い声を上げる。こ、この人、多分イケメンよりも性格が悪い!


「ほっほっほ……さて、彼女も現状を理解してくれたようだし、後の説明は改めて君達に任せるよ」

「はいはい。全く……」


 イケメンもそんな課長を、少し呆れ顔で見つめる。そして一つ溜息を吐いた後、またへらりとした笑みをウチに向けた。


「ま、そう構えないでよ。そういう最悪の事態を防ぐ為に、君をうちで保護しようって話なんだからさ」

「ど、どういう事ですか?」

「うちは、普通の人間に対して悪さを働くモノノ怪を取り締まる課なんだ。同時にモノノ怪の存在を、人間から秘匿する役割がある。君を守る事は、僕らの仕事に繋がるって事さ」


 言われて、少しずつピースが嵌まってきた。この人達は何でかは解らないけど、ウチの力を知ってた。けど職務上、ウチを殺す訳にはいかない。だからウチに力の事を教えて保護する事にした……ってとこだろうか。

 じゃあ、昨日イケメンがウチに接触してきたのは……。


「もしかして……ウチの力を確かめる為に、ウチに絵を描かせた?」

「半分はそれで当たり。もう半分は、君にあの商店街に潜伏するモノノ怪の正体を暴いて欲しかったから」


 イケメンがスッと目を細め、意味ありげに笑う。それとは対照的に、美人さんが物憂げに溜息を吐いた。


「言っておくけど、私は反対したのよ。なかなか尻尾を出さない髪切り魔の正体を突き止める為に、民間人を危険に晒すなんて」

「まーまー。だから万が一がないように、瞳さんの『』を僕を通して彼女に繋げた訳だし」


 ……ちょっと待って。そういえば、ウチに商店街に行くように言ったのはイケメンだったし、髪切り魔も商店街に出るって噂だった。

 もし、もしも、髪切り魔の正体があのおじさんで、それを知る為にウチが利用されたんだとしたら……。


「それって、つまり、ウチを囮にしたって事やないですか!」

「アハハ、まぁ、そうとも言うねぇ」


 事実に気付いて大声を上げたウチに、けろっとした様子でイケメンが答える。な、な、な、何て奴!

 ウチ、あと一歩遅かったら死んでたのに! 自分の捜査の為に、人を犠牲にするなんてー!


「警察が、そんな事していいと思ってるんですか!?」

「僕らは確かに警察だけど、全部を全部人間の道理の通りにする訳じゃないし。それに君にモノノ怪の存在を認知して貰うには、あれが一番手っ取り早かったんだよ。あんな事でもなきゃ、いくらモノノ怪の話をしたって君、信じなかったでしょ?」

「うっ……」


 正直、それは一理ある。あの強烈な体験がなければ、ウチはどんなにモノノ怪の事を説明されても、こんな風には信じなかったかもしれない。

 でも――。


「でも、何でそこまで、ウチを保護下に置こうとするんですか……?」


 そうだ。それが解らない。

 ウチがモノノ怪にとって脅威になる力を持ってるのも、それを普通のモノノ怪が知ればウチに命の危険がある事も解った。でも、それなら保護までしなくても、ウチに人物画を諦めさせればそれでいい筈だ。

 実際、無闇に人物画を描こうなんて気はもう全くなくなってる。未練は勿論あるけど、命が懸かってるんだったら話は別だ。


「……正直に言ってしまえば、僕らはただ君を保護したい訳じゃない。打算もあるんだ」

「打算?」

「そう。僕らは君を守る。その代わり、君の力を僕らに貸して欲しい」


 ウチの疑問に、イケメンはそう答えた。力を貸すって……ま、また囮になれって事!?


「アハハ、そう構えないでよ。何も囮になれって訳じゃない。君には絵を描いて貰いたいのさ。モノノ怪達の絵をね」


 思わずウチが身構えると、イケメンが笑って付け加える。モノノ怪の絵……でもモノノ怪は正体を隠してるって……あ!


「つまり、ウチに、モノノ怪の正体を暴く手伝いをしろって事ですか!?」

「ご名答。頭が冴えてきたね、毛虫ちゃん」


 導き出した結論に、軽い感じで返る肯定。ウチが……普通のじゃないとはいえ、警察のお手伝い!?


「そ、そんな事しちゃっていいんですか!?」

「いーのいーの。言ったでしょ? うちに人間の道理は当て嵌まらないって」


 慌ててウチが聞くと、やっぱり帰ってきたのは軽い言葉で。その言葉に、少し考える。

 正直に言えば、警察の手伝いなんかしないで平穏に過ごしたい。また……あんな怖い思いをするかもしれないのは、嫌だ。

 でも、もし何かの間違いでウチの力がモノノ怪に知られたら、その時は――。


「……絶対ウチを守ってくれるって、約束してくれるなら、協力します」

「オーケー、これで交渉成立だね。改めて、僕は白川しらかわ無道むどう。よろしく、毛虫ちゃん」

「その毛虫ちゃんっていうのは止めて下さい! ウチには円美沙緒っていう立派な名前があるんです!」


 こうしてウチは、警視庁捜査零課――ユーレイ課に協力する事になったのだった。

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