◇026◇魔物の谷に挑んだ男

 僕達の目の前には、どんぶりが運ばれて来た。何かの葉の様な野菜の上にごろんごろんと揚げた肉の塊が六個。ゴマも振ってあって、おいしそうだ。

 だけど量が半端ない! 僕がいつも食べている三倍はある。勿論、リゼタのもだ!


 「本当にここは、初心者冒険者の味方よね。量も味も値段もグッド!」


 「そ、そうだね。リゼタ食べきれるの?」


 「勿論。クテュールは、育ち盛りなんだから食べなきゃだめよ!」


 そう言ってリゼタは、ガツガツ食べている。

 まあいいっか。

 ぱくりと食いつけば、お肉はジューシーでかけてある甘辛たれがまた美味しい! 村にはない食べ物だった!!

 お腹もすいていたし、パクパクと食いつく。


 そうだ。ここでリゼタと組まないと言えばいいんじゃないか?

 エジンも聞いているし、リゼタが僕の周りに来なければエジンも僕に近づかない。そうしよう!

 

 「……の息子?」


 ふと、小声が聞こえた。

 二つ隣の席の男たちが、こっちをちらちら見ながら話している。

 僕を見ている?


 (魔物の谷に挑んだ奴のか?)


 (らしいぜ。だからロドリゴさん達と一緒にいたのか?)


 (まあ、忘れ形見みたいなもんだもんな)


 そんな会話をしているようだ。

 僕は人の口を見て、何を話しているかがわかる。読唇術どくしんじゅつを特技として身に着けたのだ。それは勿論、お店で働く為に何かを取得しようと思っての事。

 才出た所がない僕が、考えた末に辿り着いた事だったんだけど。よく考えれば、これお店で働くのに必要なかったかも……。


 もうどうでもいい事だ。

 それよりも、ロドリゴさんと僕の父さんが知り合いだったなんて!

 何も言ってなかったのに……。いやこの人達の勘違いって事もある。


 って、もうギブアップ! 食べきれなーい!!


 「ごめんなさい。僕、無理……」


 「全部食べないと、冒険者値引きにならないんだから食べてよ!」


 「えー!!」


 だったら勝手に大盛頼まないでよ!!


 「ごめん。でも僕もう無理だから……自分で払うから」


 「もう仕方ないわね。じゃわ……」


 「俺が食べる!」


 さっと、僕のどんぶりをエジンが自分の元に引き寄せる。

 なるほど、僕が口をつけたものをリゼタに食べさせたくないんだな。

 まあもう僕は食べられないからお好きにどうぞ!



 ◆ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◆



 「うー」


 僕の隣でエジンが唸る。っていうか、吐くのを我慢している!


 「ちょっとここで絶対に吐かないでよ!」


 エジンを挟んで反対側に座るリゼタが言った。

 今僕達は、村に向かう馬車の中。ここで吐かれたら最悪だ!

 でもまあ、ざまあみろだ!


 二人は結局、僕について来た。

 まあ、リゼタが行くと言った時点で、来るなと言ってもついて来るとは思ったけど。二人っきりにさせない為に、エジンもついて来るから結局三人で行動だ。

 何でこうなるかな……。


 それに、食堂で男たちの会話を聞いていて、リゼタに言うタイミングを逃した。

 今、リゼタに話してもエジンがこんな状態なら、その話は後でってなりそうだ。

 はぁ……。


 村に着いた。

 何とかエジンは持ちこたえた。リゼタの前だからだろう。

 エジンは、馬車から降りたらダッシュで姿が消えた。


 「もう何で、意地汚いかな。エジンは」


 っぷ。全然伝わってないけど、エジン?


 「じゃ、僕は帰るね」


 「うん。後でね」


 「うん。また明日」


 手を振るリゼタに振り返し、僕はやっと自由になったと家に向かった。

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