第4話 旅立ちの手前

手立てなんてないけれど、諦めるわけにはいかないのだ。きっと何か見つかるはずだから。


「ニーナ、準備はできた?」

支度をすると言って帰っていった唯人くんが、私の部屋に戻ってきた。時計は午後7時を示している。

「おかえり、早かったね~。何持ってきたの?」

彼の荷物は、リュックサックを背負っているのと肩から斜めにかけた小さなポシェットが一つだけだった。

リュックサックは確かに大きいけど、旅に出るにしては荷物が少ないような。心配性な彼のことだからもっといっぱい持ってくるのかと思った。

リュックサックを背負って、両方の肩に鞄を3つずつかけた彼の姿を想像して、思わず笑ってしまう。何笑ってるの、と不思議そうな彼の声がした。

「なんでもない!」

「そう?」

彼はこっちを見てきょとんとしている。でも話し始めた。なんでもいいやーってなったみたい。

「一応、ニーナの持ち物と照らし合わせておきたいと思って。ちょっと早めに来たんだ。二人で一つでいいものは置いていけばいいしさ」

「おお、たしかに!」

「荷物は少ない方が動きやすいからね」

それは思いつかなかった。やっぱり、わたしだけで旅に出るのは無謀だろうなあ。

「唯人くんは何を持ってきたの?」

自分のリュックから荷物を出しつつ聞いてみる。彼も同じように荷物を広げながら答えてくれた。

「これは懐中電灯と充電池。それから、簡易の発電機。あと、コンパスが一つとマッチが二箱」

そう言いながら目の前に並べられたそれらは、聞いたことはあるけれど見慣れないものだった。

「こっちは毛布に、タオル、予備の圧縮袋。着替えと、スニーカーを一足。それと水筒と……、簡易のガスコンロ。ガスは3本しかなかったから、どれくらい持つか不安だな。このリュックの中身はこんなところ」

「あれ、まだ入ってない?」

「ああ、これはいいよ。絶対被らないし。必要になったときは出すから」

「え、なにそれ。きになるなあ~?」

「気にしないで。それから、これ」

リュックの中身が気になるところだったけど、もっと気になるものが目の前に差し出された。ポシェットの中身はこれだったらしい。

「これデジタルカメラだ。しかも結構高いやつじゃない?え、えっ?どうして?」

「せっかくだし、世界の様子をカメラで写して行こうと思ってさ。充電はこっちの発電機につなげばなんとかなるし。一応2つ買ってきたけど、ニーナも要る?」

「え、いいの!」

「うん。ちょうどいいカバンがあるならそれに入れて持っていきなよ」

「そうする!」

これはとっても嬉しいな。カメラを大切に受け取って、肩から下げられる小さめのカバンを探す。ちょうどいい大きさの赤いポシェットがあったはず。

「これに入れて持っていくね。唯人くん、ありがとう」

「どういたしまして。それで、ニーナは何を持っていこうとしてたの?」

そうだった。荷物の照らし合わせをするんだった。

思い出して、リュックの中身を取り出す作業を再開する。

とは言っても、わたしが持っていこうとしていたのは、着替えが何着か。それから水筒くらいで、唯人くんの荷物と重複しているものはあんまりなかった。

「どっちかっていうと足りないものを補充する感じだね」

唯人くんはそんなことを言いながら、私のリュックにタオルと毛布を一枚ずつ入れた。

「要るかなあ?」

「冬は寒いよ」

「んん、そうかあ。あっ、わたしからはこれ。渡しておくね」

ガスマスクを一つ唯人くんに手渡して、荷物を再度詰めなおした。

リュックを背負い帽子を被る。登山用のブーツに履き替える。よし、準備完了。

「そろそろ行こうか」

唯人くんの声に頷いて扉を開けた。腕時計は22時を示している。


「暗いねえ」

「僕は今真っ暗だよ。闇だ、闇。頼んだよ?ニーナが頼りなんだから」

「まっかせて〜。ちゃんと案内するよ」

薄暗い夜が来た。

ついにわたしたちは旅に出る。

このシェルターを抜け出して、世界を救いに行くのです。なんせ、わたしは勇者なので。

同行してくれる彼には少し申し訳ないけど、ここにいるということは彼もまた"選ばれたひと"なんだろう。わたしといっしょ、いぃっしょいっしょ。

唯人くんの手を引いて歩く。

懐中電灯はまだつけない。一応、街のそばだからね。

唯人くんは暗いところであまりものが見えないようなので、私が案内することになっている。

ディストピア系の小説に出てくるような、わざわざシェルターの外へ出る人を止めるような装置なんてない。たぶん。

そもそもそういう装置を見たことがないから、あっても気付かないかも。

「ところでニーナは何を持ってきたの?やけに鞄が小さくない?」

「うーーーーん?ないしょ!でもほら!ガスマスクは持ってきたよ、二つ!」

ショルダーバックの肩紐に引っ掛けていたガスマスクを取り出した。勢いがよすぎて二つのガスマスクがカンカンと音を立てる。

「ちょっと!」

唯人くんに小声で怒られてしまった。

わたしはもう少し慎重になった方がいいかもしれないなあ。なんて他人事みたいに反省をする。

そうしたら今度は何にもしていないのにカンカンと金属が何かにぶつかる音がした。

「いやっ、今のはわたしじゃないよ!?」

「何の話……?」

とっさに弁明したけれど、唯人くんには聞こえなかったらしい。なんだあ。ん、ということは?

さっきの音はどこから聞こえたんだろうと音の出所を探す。

見つけたのは暗闇の奥。通気口のフタが外れていて、そこから男が出てきたのを見た。

「おおー、男の人が一人でできたよ!」

「了解。それにしても、よく見えるねこんなに暗いのに」

「ふふん。ほめてくれていいんだよ?」

「はいはいえらいえらい」

呆れていますと前面に書いたような顔と声音だけれど、甘いよ唯人くん。わたしは単純なので、棒読みで投げやりでも嬉しくて満足しちゃうのだ。

上機嫌で通気口のそばまで歩いてきた。さっきの人がやっていたのを真似てフタを外す。

思ったよりも簡単に外れた。二人で中へとくぐる。ふむ。随分とうまく進んでいる気がする。

「やっぱりわたしが勇者だからかなー」

「何言ってるの、やめて」

「ひどくない?」

「何がさ」

わたしが自分のことを勇者と呼ぶ度に、彼はご丁寧に口を挟む。

なんでなんだろう。

「あ、わかった」

「何が?」

「唯人くんが勇者になりたいんでしょ」

「な、何。……どういうこと?」

懐中電灯をつけている唯人くんが本気で戸惑ったみたいに言う。

「でもごめんね!私は勇者なの。唯人くんも私も勇者だということで、ここはひとつ……」

「いや、そもそも何言って……。あー……、まあでも確かにそういう節はあるな」

「納得してくれた?」

「うーん、まあいいか。それより早く行こう」

お、これは新発見だ。やっぱり唯人くんも勇者になりたかったのかな。今度から私たち二人とも勇者という方向でいこう。どこに行くのかは知らないけど。

通気口をくぐって中に入ると、完全に人が通ることを前提としてるんだろうというくらい広さがあった。これは絶対にただ空気を取り込むためだけの場所じゃない。やっぱり、あの男の人は地上と地下を行き来してたんだ。

案の定、少し進んだだけで上へあがる階段があった。

唯人くんが「照らしても上まで見えない結構上まであるんだな……」と呟いている。

「私たちの旅は階段から始まるのか~」

「そんな言い方をするとなんだか不思議な感じだな」

「ふふ、確かに。よし、それじゃあ行こう!」

「うん。行こう」

そうして、私たちは一段目を踏んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女の旅は終わらない といろ @toiromodoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ