第3話 旅立ちの手前 裏
世界を救うというニーナの目的。そのためにはまず、地上へ向かう必要があるだろうという話になった。世界が終わる影響を受けないためにつくられたこの場所からでは、世界へ干渉することはできないからだ。
決行は明日の明け方で、使うのは例の通気口。
ニーナの話によると、その通気口を毎日のように出入りする男がいるそうだ。だから、やたらと夜目が利くニーナにそこを見張ってもらうことにした。そいつが帰ってきたのと入れ違って出ていく。そういう算段だ。
きっと長い旅になる。
準備が必要だからと僕は一度ニーナの部屋を出て、自室へと向かっていた。僕とニーナの部屋は別の区域にあるから、一度大広間を通らなければならない。
ついでだから、何か買い物でもして行くことにしよう。しばらくここに戻ることはないだろうし、ここでの通貨はぎりぎりまで使い切ってしまおう。
長旅には何が必要かすぐには思いつきそうにない。何でもありそうなところに行けばいいか。そんな安直な理由で、僕はこのシェルターの中で一番大きいスーパーに向かった。ホームセンターも併設しているし、何でも揃うんじゃないだろうか。
ちょうどスーパーへ入ろうとしたタイミングで僕は先生と出会った。
先生というのは文字通り、僕らが通う高校の先生だ。担当科目は理科系四科目を一人で教えてくれている。たぶん、ここには高校生が僕ら二人だけだから、人員削減というやつ。
地下シェルター計画に携わっていた世界レベルの科学者だそうなので、そんな人に(しかも1対2で)教えてもらえるというのは有難い話なのかもしれない。僕個人としては、化学は難しくてあまり好かないけれど。
そして、彼女は、ニーナの保護者でもある。
「おや唯人くん。丁度いいところに。
ニーナが今日は君と会うと言っていたけれど……、もう解散したの?はやいね?」
藍色の長い髪を後ろで束ねて、いつものように白衣を着ている先生がけらけらと楽しそうに声をかけてきた。今日は珍しく眼鏡をかけていないから、怖いくらいにニーナにそっくりだ。
「そうなんですよ。
丁度いいところにって、先生、何か僕に用事ですか?」
「そうそう。そのことだけど、少し話があって。
ううん、立ち話でするようなことでもないから……、一度どこか入ろっか」
今時間はあるかという問いに、少し迷ったけれど「はい」と答えた。買い物は夜までに済めばいいだろう。
「じゃあ行こう~」
先に歩き出す先生の後を追って、目の前のスーパーへと入った。
先生が選んだのはポテトの美味しいファストフード店だった。
お客さんはそれなりにいるけど、座る席がなくて苦労するほどではない。曜日の概念がなくなって久しい地下の世界では、飲食店の混み具合だって毎日ほとんど変わらない。
僕の方が、先生より一足先にレジの番が来た。ポテトとハンバーガーのセットを受け取って、席を探す。4人掛けのBOX席が空いていたのでそこを陣取った。
時折、ご高齢の方々の話声や、小さい子供が声をあげて走っていくのが聞こえる。けれど、吸音性のパーテーションのおかげで騒音とまでは感じない。
「先生、こっちです」
「ありがと。こんなところで話すことでもないのかもしれないけど、ファストフードっておいしいからさあ」
そう言いながら先生は、買ったばかりのハンバーガー2つとポテトのLサイズを食べやすいよう広げていた。
「いやあ。いつ来てもちょうどいい人の量だねえ。休日に来ると席がなくて困っちゃう~……みたいな世界は終わったよねえ。日曜日をなくしたのは成功だったかなあ」
しみじみと感慨深そうに先生は言う。大きめのハンバーガーを頬張る姿が、その表情に合わないように思う。
いつもそんなこと言わないのに珍しいですね。とは、言わない。
飲食店の混み具合だけで判断することでもないでしょう。とも、言えない。
じゃあ僕は何を言えばいいのだろう。
「科学者の見解としてはさ。
終わるのが変えられない未来なら仕方ない。作り直すときは、古いものよりもより良い、最善の世界を造ろう。って、考えだったんだけど。
唯人くんとしては、この世界はどう?前より良くなった?」
「どう……なんでしょう。正直、よくわかりません。
地上にいるときはそこまで世界について考えていなかったですし……」
それでも、地下に来たばかりの頃は地上の世界が恋しく感じていたことは覚えている。ニーナにたくさん話をした。地下にはないもの、いつか一緒に見ようと約束したものがたくさんある。
僕の胸中を知らない先生はあっさりと納得した。
「そっかそっか。ここに来たのは10歳の時だよね?」
「……ニーナと同い年ですよ」
「そう……そうかあ」
先生はなぜか悲しそうな顔でそう言って、僕から目を逸らした。そんな、そんな反応やめてほしい。何かを察してしまいそうになる。
僕も先生も、何にも言わない。頭上から大きな水の塊が降ってきたみたいに、全部の音が遠くなる。はくはくと息をする金魚を思い出して、口から嘲るみたいな笑みがこぼれた。
「今日、ニーナが何か言い出さなかった?」
降ってきた水が霧散して、ピシり、と僕自身の頬が固まるのを感じた。たった一言しか聞かれていないのに、全部ばれている気がする。
「そうねぇ。たとえば……。どこかへ行こう、とか。
いやあ、あの子ならもっと直球で言うかな」
「や、けに、勘が鋭いですね。
何ですか。まさか、頭の中でも覗いたんですか」
自然と言葉尻が荒くなる。感情がわかりにくいと言われることの多い僕を、変にかき乱してくる先生の姿が、あの子と重なる。
似ている。似ている以上にそっくりだ。生き写しとかそういうレベルで。
「うわ、怒らないでよ~。そんなことしないよ。私は。
しなくても、あの子の様子を見てたら何となく……ねぇ、」
先生の言葉は、わかりやすい子だもの。と続いた。逸らした視線が合わされる。
そんな先生の言葉を聞き流しながら、言い逃れすべきか正直に言うべきか、僕はまだ迷っていた。どことなく含みのある先生の言い方に、警戒してしまうのは仕方ないと思う。
自覚できるほど派手に泳いだ目をようやく先生に向けなおす。先に口を開いたのは彼女の方だった。
「いつか必ず言い出すはずだったの」
「……?なんだか変な言い回しですね」
先生は一度小さく笑う。その後そ、と目を伏せた。
「私が……というより私たちがあの子を造ったのは、世界を救うためだったからね」
「それは、どういう意味ですか」
「ううん……。ねえ、出発まで時間はある?」
僕が「夜まで空いていますよ」と答えると先生は満足そうに笑っって話し始めた。
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