第2話 セカイを救う勇者の話 裏

世界の終わりが予測されたのは、今からちょうど10年前のことだ。

予測とはいうが、人類がそのことに気が付いたときには、それはすでに確固とした予定としてこの世界のスケジュールに組み込まれていた。らしい。

僕はそのとき6歳になったばかりだった。パニックになった大人たちが、自棄になった大人たちが、デモとすら呼べない暴動を起こしているニュースを見て、ただただ怖かったことだけを覚えている。暴動だって怖かったし、ニュース番組のお姉さんはそれでも淡々と様子を伝えるだけで、その温度差も怖かった。

暴動に参加した人たちは、刑務所とは違う別の施設に一時的に収容された。そこでの生活は衣食住が保証され、施設の外に出てはいけないこと以外に特に行動の制限や思想の弾圧はなかったそうだ。

それでも、自殺者は絶えなかった。収容された人たちのうち、半数を優に超える人数が自ら命を絶ったらしい。突然世界が終わると知らされて、いつ何が起こるのかわからないまま、明日にはすべて消えてしまうかもしれない恐怖と戦いながら生きることは、簡単に人々の希望を踏み潰した。

やっぱり余裕がなくなると、繋がりとか家族とか頭から零れ落ちてしまうのかな。それとも……。

収容所で死んだ僕の両親のことを考えそうになって、思考を止める。

とまあそんな風に人類は絶望したのだった。

絶望はしたけれど、諦めなかった。

世界が終わることがわかるもっとずっと前から、世界中の科学者が集められ、地下避難シェルター計画は進められていたらしい。もっともそれが一般人に周知されたのは、今から8年前のことだ。

今思えば、あのニュースキャスターのお姉さんはおそらくシェルターの存在を知っていたのだろう。政府の要人とやらと、どこかでつながっていたのだろうな。いや、報道のために事実を突き止めていたのかも。そうでなければ、やっぱりあの落ち着き方はおかしかった。


そうして。

世界が終わるとは一体どういうことなのか。それすらろくに知らされないまま、シェルターへの避難が決まった。





「じゃあ改めて、今後どうするかだけれど……。

ニーナが見つけたその出口はどこにあるの?」

尋ねると、ニーナは地図を取り出した。

「わたしの部屋がここで、見つけた出口はここにあるの!」

僕らがいるこの場所、つまりニーナの部屋から、まず大広間を横切って。そこから管理室へ向かう通路。その通路にある通気口がニーナのいう出口らしい。

「そりゃ、どういう形かはわからなくても、外にはつながってると思うけどさ。通気口なんだし。でもそこから出られる保証なんかある?」

ここでの暮らしが始まってもう6年だ。6年間、そんなところから外に出られるという話なんて聞いたことがない。

というか、大事なことを失念していた。「世界の終わりを止めに行く」というニーナの突拍子もない宣言に、僕は自覚している以上に動揺しているらしい。

「地上はすでに有毒ガスが出始めていて、そもそもここから出れるわけがないんじゃなかったっけ」

「ふっふっふ……。じゃじゃーん!」

自作の効果音を鳴らして、ニーナが取り出したのはガスマスクだった。

それも二つ。

「一昨日の夜中の話なんだけど。

これをつけた大人がね、あの通気口から出てくるのを見たの。

気になってお父さんたちの机を漁ってみたら、外を歩くときに付けるマスクなんだって。たぶん、有毒ガスを安全な空気に変換できるのよ。

だから借りてきちゃった」

ニーナはそう言いながら、ガスマスクで口元を隠して目を泳がせた。

その様子に僕は悟る。

こいつ……、初めから一緒に行くつもりだったな。

「負けだよ。完全に僕の負けだ。

なんだよ、行かない選択肢なんて、初めからないんじゃないか」

ニーナは顔をあげて得意げに笑う。ふふ、とこぼれるような笑顔がまぶしい。きっと、こんな場所じゃなければ、もっとずっと映えるだろうになあと考える。

ニーナに笑っていてほしい。できるなら、終わっていない世界で。

「わたしは外に出たいの。唯人くんが言っていた海辺を見に行きたい。それから世界の終わりを止めるの。

ねえ、唯人くん。手伝ってくれる?」

「いいよ。いこう」

僕は立ち上がって、ニーナの手を取った。






僕らが暮らす地下シェルターは、世界の終わりから逃れるために科学者たちが作り出したもうひとつの世界だ。小さな町くらいの規模のシェルターが世界中にいくつも散らばっていて、国みたいな扱いになっている。僕らがいるのは、たしか第46シェルターだったような。

はっきり覚えていないくらい、それは重要ではないということだ。

各シェルター間の移動は、一般的にはまだできない。できるようにしたいというのが科学者たちの目標だそうだけど、実現の目途は立っていないらしい。

ここに暮らす人にはそれぞれ個別の部屋が与えられていて、それが地上でいう家になっている。特別広いわけではないけれど、同年代の少ないこのシェルターでは、寝て起きて、時々ニーナと遊ぶくらいしかすることもないので困ったことはない。

朝になると各々部屋から抜け出して、大広間でそれぞれの役割を果たす。仕事とか。僕とニーナは学生なので、学校とか。

大広間と呼んではいるけれど、実際はそこに一つの街があるという方が昔の世界のイメージに近いと思う。広間と呼ばれる空間の中に、正方形の建物がたくさん並んで、デパートだってあるし、木も生えているし、公園もあるし、川も海もあって……。移住してきた当時は違和感だらけだった。

生活に必要なものは、昔と変わらずここにある。

ただしなくなったものだってたくさんある。

例えば、地下にあるから太陽光は届かない。その代わりを人工太陽が担っている。一年中ずっと、朝5時から昇り始めて、19時には完全に沈む太陽だ。きっかり22時には、街灯やお店の看板は消灯してしまうから、基本的に人々は夜出歩かない。

昔に地上で見ていた夜空には星が光っていたけれど、ここでは星も、月もない。


どうなんだろう。この人工の世界は。

地上の世界とどっちの方がいいんだろう。

僕には判断つかない。


ニーナは知らない。

世界はとっくに終わった後なのだ。


ニーナを悲しませない。

僕はそのためにここを抜け出す。


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