217.祀り跡
最後の夜空に上がった華が散った。
腹に響く破裂の轟音と煙の余韻だけを残し、花火のラスト一発が宵闇に消える。
橙色の明滅が淡く瞼の裏に焼きついた。
夏の夜風に火薬の匂いが混じっている。
地域放送用のスピーカーから花火大会の終わりを告げる放送が流れる。
『これで、第36回、仮心市協賛花火大会全日程を終了しました。お帰りの際お手持ちのゴミ等は、ダストコンテナに捨てるよう、お願いいたします。これで、第36回、仮心市協賛花火大会全日程を終了しました。協賛企業は、すこやかな明日の未来を作る、蛇の目技研様……』
静かな夜に企業名を読み上げる放送の声だけが響き続ける。
イベントが終わった達成感にも似たわずかな切なさだけが胸の隅っこに残った。
祭りは深夜まで続くが花火大会は終わったのだ。
「あーちゃん、早く行こうよ」
「あーくんあーくん」
境内出入口の鳥居の下。
先行した結城と三郎が手招きしている。
2人は穏やかな笑顔をしている。
晴れ晴れとさえしていた。
ついさっきまであんなことがあったのに、良い気なものだ。
3人とも血なのか泥なのかも分からない汚れで浴衣もドロドロだというのに。
見た目にただならない恰好は人の目を引くだろうか。
いや、お祭り気分の今ならきっと誰も気にしないだろう。
僕は足からズレた雪駄のつま先を地面で軽く叩いて整える。
結城と三郎を追おうとした。
踏み出した一歩の足元が揺れた。
グラリと。
揺れたのは地面ではなく自身の頭だった。
貧血か。
みるみる視界が赤黒く暗くなっていく。
フラフラして平衡感覚が鈍くなり立っていられなくなる。
「おっ……と……」
体が前に傾いた。
踏ん張ろうと足を前に出そうとして、異様に重いそれは言うことをきかなかった。
バランスは致命的なところまで崩れる。
そのまま前方へ倒れ込んだ。
何か、ホワイトノイズのような雑音が耳をつんざいた。
一秒足らず耳に残響して消失する。
とっさに手をつく。
手の平にヌプリとした感触。
ヌプリ?
予想していた硬い土畳の感触ではない。
粘性の高い沼のような触り心地だ。
手首までズッポリ埋まってしまっている。
ゴォーン……ゴォーン……。
耳に再び届く重い不気味な鐘の音。
だがそれはいつもより近くで聴こえた。
そう遠くない場所。
ともすればすぐ隣にさえ思える。
なんで、そう口にしようとして喉に流れ込む液体のような酸素。
ドロリとした重さが喉の気道を塞ぐ。
それでも窒息し気絶することはなく、ただただ息苦しい。
そこはあの赤黒の異形世界だった。
真っ黒な空、深紅の地、黒い太陽。
立ち込める血臭、恐怖を煽る風切音。
足元は土地面などでなく、やはりタールのような液体が自由を奪っている。
神社はどこにもない。
たったの一瞬きで再びあの世界に召還されてしまった。
どういうことだ。
心に決着がついたのではないのか。
これがただの歪な心象風景であるなら、一応のケリが着いた今この世界を視る理由はどこにもない。
それともまだ僕は何か心残りを抱えているというのか。
ゴォーン……ゴォーン……。
近い。
今までよりずっとハッキリと聴こえた。
音がした方を振り返る。
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