215.-Case結城-今
「どうしてさ?」
「だって……友達は友達だもん。友情じゃお互いの関係に限界があるじゃない」
「限界って?」
「友達はちゅーしないでしょ? 抱き合わないでしょ? 愛し合わないでしょ? 恋人にできて友達にできないことだよ……」
「確かに、しないね……」
「ボクはあーちゃんとそういうことをしたいって思ってるんだもん。そういう関係になりたいって。友情なんかじゃ……全然かなわないよ」
「だけどさ、僕は恋人の関係が友人以下だなんて思わないよ」
「え……?」
結城が顔を上げる。
もう恐ろしげな形相ではなかった。
落涙で目は充血し目元がやや腫れて化粧も崩れていた。
だがそれでも美しい顔だった。
「恋人にしかできないこともあれば、友達にしかできないこともある。恋人だからこそ、友達だからこそ、与えられる物はそれぞれ違うんだ。どっちが上か下かなんじゃない。どちらがどう在るべきかなんだ。事実、僕は友人としての朝顔 結城に何度も救われてきた。それはきっと、恋人の朝顔 結城にだったら出来なかったことのはずだよ」
「…………」
結城は再び俯く。
考えているのだろう。
思い当たる節があると。
彼は友人の関係に限界があると言った。
確かにそうかもしれない。
だが逆もまた然りである。
恋人の関係にも限界がある。
友人の距離感だからこそ助力できるケースは少なくない。
恋人は非常に近い間柄ではあるけれど、近すぎるが故に愛し合う相関であるが故に話せないこと出来ないこと。
そうした事実は決して無視できるほど軽いものではない。
それに加えて、もはや家族と呼べるほど深い僕らは特殊なケースだ。
友人、恋人、いずれにも劣るとも勝らない。
信頼はただの友人や恋人では到底及ばない。
だが結城は納得できないらしい。
「そりゃあ、今のボクとあーちゃんだって最高だよ。でもそんなの、友達の必要なら別の人に求めてよ……。ボクじゃなくても良いじゃない。ボクと愛情で他の人と友情を育むんじゃダメなの? 例えば、そこにいるそいつとか」
そいつとは三郎のことだ。
三郎と友情を持つことだってヤブサカではない。
今日何度かの僕の身を案じる彼の行動に純粋な好意を感じる。
いずれ近しい相手になることも考えられる。
それを彼がどう思うかはともかく。
「……三郎と交友を持つことだって今は嫌じゃないよ」
三郎の寝ている場所でガサリと草擦れの音がした。
現実に存在しない曼殊沙華の奏でる音だ。
実際には鳴っていないかもしれない。
今は、という一語に込められた昔と今の相違。
彼がどのように受け取ったか知る由もないが、今の三郎は僕にとって遠く訳の分からない存在ではない。
恐ろしい都市伝説から慣れることのできる猛獣程度には考えを改めた。
もちろん、取り扱いを誤れば怪我では済まないものの。
しかし友情を持てないほどに異次元の相手でもない。
「じゃあそうしてよ。ボクに友を求めないで。愛する対象として見てよ」
「……嫌って訳じゃないんだ。ただ受け止めきれないんだよ。結城にとか同性にとかじゃなくて、恋って物そのものを。僕は慎重で臆病なんだよ。ずっと一緒に居たんだから、わかるだろ? 今すぐに友情か恋かなんて選べない」
「…………」
「駆け足にはなれないよ。僕は、今の結城との関係が大切すぎるんだ。不用意な扱い方はしたくない。だから、その関係はもっとゆっくり進めても良いんじゃないかな。大事な関係だからこそ、時間をかけて育んだ方がいいと思うんだ。あるいは、友人でありながら恋人。そんな関係だってあり得るのかもしれない」
物事は前進すれば良いというものではない。
一足飛びに進めば正しいということはない。
足元を確かめて一歩一歩踏みしめ、時折立ち止まって周囲を見回す。
自分の進んだ方向が誤りではないか、何かを間違えていないか。
時には回り道をすることも必要だ。
そうして亀のようなノロノロ歩きでも進んでいくべきなのだ。
歩みの途上に落ちている事柄が大事なこともある。
性急に走り去れば見落としてしまうこと。
ゴールも道中もその一点において価値は変わらない。
今が大切であれば大切なほど、変わらない物は重い。
だから世に言うのだ、結果が全てではないと。
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