214.-Case結城-かけがえ
泣き声のしていた方向へ歩を戻す。
いまだ小さなすすり泣きは続いていた。
数歩も歩かないうちに目当ての場所に着いた。
紅い花畑に紅い浴衣。
それが風景に溶け込んでいてまるで一部だ。
綺麗だな……とこんな時にも関わらず思った。
曼殊沙華の花畑の中で結城がへたりこんでいた。
地べたに力なく両手をついてペタンとアヒル座りしている。
顔は俯いて表情は伺い知れない。
ただ小さな泣き声が漏れ出ていた。
泣いていると思ったのはそれだけの理由。
頬から垂れた水の雫が地面にポタリポタリ落ちている。
清らかで透明な雫が曼殊沙華の花弁に当たる。
花びらが水滴を吸った場所からじくじくと黒いシミが広がる。
あっという間に枯れていった。
だから彼の真下には萎れた花が重なり合って倒れている。
「結城……」
なんと声をかけていいか分からず、ただ名前を呼んだ。
「どうして拒絶するの……? そんなにまでしてボクのことが嫌いなの、あーちゃん?」
今さっきまで泣いていたにも関わらず、返ってきたその声は湿り気と掠れこそあるものの口調はしっかりしていた。
嘘泣きかとすら疑った。
「どうしてボクの愛をわかってくれないの? それともわかった上でわからないフリをしているの? 言葉にさえしなくても、なんでも伝わる間柄だと思ってたのに……」
それは違う。
どんなに近しい存在でも、僕と結城は個人対個人だ。
共感は持てても共同体ではない。
一人としての意思があり、共有できる心もあれば絶対に見せたくない想いだってある。
それが個を尊重するということであり、何でもかんでも伝えられれば信頼に繋がるものでもない。
表層と深層があるからより良い関係を築ける。
あけすけではあるけどあけっぴろげではないのだ。
それは僕の知らない結城もあるということ。
わからないからこんなにこじれてしまっているということ。
それは間違いではないということ。
正解かどうかもまたわからないということ。
「いないよ……あーちゃんをこんなに愛してくれる人。これまでも、きっとこれからも。それはボクも同じ。こんなに愛せる相手はいない。あーちゃんだから好きなんじゃないの。あーちゃんにしか馳せられない愛だから」
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
すべてはまだ見えない未来の話だ。
少なくとも、これから先の人生で”結城の代わり”になる人などいないだろう。
限りなく似た関係を築けたとしても、それは絶対に結城ではない。
だからこそ希少だ。
「だからボクはこの愛をもっと強固なものにしたいの。盤石なものにしたい。曖昧にふわふわした無名称無形容な状態なんかじゃなくて、恋人って確かな形にしたいんだ。あーちゃんは今の名もない関係が大切だって言うけれど、一歩進めることで得られるものだってある。揺らぎない固く結ばれた関係になる。それを拒否する理由が、わかんないよ」
結城が地面を握りしめる。
手に土が包まれ爪に泥が詰まる。
ピンクのマニュキュアの色が削られた地面に移った。
彼の周囲だけ曼殊沙華が枯れていく。
くたびれて焼け焦げた何かになっていた。
歪な円形に枯れ花が茎を倒れさせている。
まるで穴のようだった。
「結城……そんなに親友で幼馴染の関係が嫌?」
片膝をつき彼の肩に触れる。
小さく華奢な肩だった。
まるで少女のような。
手の平に収まってしまう。
接触に特別な感情は抱かない。
感触も大きさも違えど、自分の肩に触れた程度の感慨しかない。
もはや自分の一部なのだと再認した。
「嫌だよ……」
結城は俯いたまま答えた。
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