213.-Case結城-花雨
紅い。
真っ赤な花の雨。
目が覚めると僕は曼珠沙華の花畑で寝転んでいた。
大の字で地面に横たわっている。
背中に当たる感触は土畳のものだった。
強い風が吹いている。
どこか毒の苦い匂いがした。
紅い雨の降りしきる夜空を仰いでいる。
真紅の花弁が強風に煽られて舞っている。
縦横無尽に中空を散っていた。
まるで空を流れる川の潮流だった。
花びらが顔に積もる矢先から風に飛ばされていった。
上体を起こす。
それまで神社境内の地面にしか咲いていなかった非存在の曼珠沙華が視界の彼方まで咲き誇っていた。
石畳だけでなく、鳥居や社殿や電柱にも。
種子がそこまで飛んだのか、壁面や屋根にまで咲いている。
いつの間にか世界は彼岸花に侵略されていた。
花が枯れる。
種子が飛ぶ。
芽吹く。
咲く。
そんな循環を繰り返している。
だがそれらはあくまでこの世に存在しない。
地獄の花なのかただの幻なのか。
いずれにしろ現世ならざる物。
この世にないものは、存在しないも同義である。
「うっ……うぅぅっ……うぅ……」
誰かの呻き声がした。
いや泣き声だった。
右手から聞こえる聞き覚えのある声。
もう恐ろしげな常闇の叫びではなかった。
いつもの、あの鈴の音が転がるような濁音の少ない。
よたよたと立ち上がる。
膝が凄まじい疲労と気疲れでガクガク笑っていた。
息も上がっていないのに持久走を無理して走りきったほどにガタがきていた。
体も酷くダルくて重かった。
「あー……しんど……」
すぐ近くで掠れた声がした。
起きてすぐは気付かなかったが、誰がかすぐ傍で寝ていたらしい。
立ち上がってようやく横になっている彼を見つけた。
「大丈夫、さーや……?」
一歩踏み出した足が水に浸かった。
非存在の川を踏んだのだと思った。
しかしその川に実体はない。
僕が足首まで浸かったのは、もっと粘性の高く生臭い液体だった。
血の川が流れていた。
誰の出血かもわからない大量の血液。
非存在の川と混じり合い、小川となって現世と幽界が混成している。
「疲れたよ……身体動かねー、しばらくほっといてくれるか……」
三郎だった。
目にした時、すぐにそれが何なのか理解に苦しんだ。
三郎の声を発していなければ、そのままずっと彼だと知らずにいたかもしれない。
地面に大の字で倒れ込んでいた彼。
結城の惨たらしい斬撃を受け耐え続けたことによって、上半身が筆舌に尽くしがたい有様になっていた。
胃に熱いものがこみ上げてきて、直視するのも憚られる。
かろうじて人型であった。
生きているのが不思議であるとしか言えない惨状だ。
頑強な三郎ですら凄惨な破壊痕の残る破壊劇だったようだ。
さすがに辛そうであったが口が聞ける程度には健康らしい。
その口さえズタズタであったのだから、どうやって声を出したのかも疑問だ。
彼の言通り放っておいたとしても死ぬことはないだろう。
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