209.-Case結城-バックアタック
斬撃を受け続ける三郎の体がビクンビクンと跳ねる。
小刻みに痙攣している。
まな板の上の魚だった。
真っ向から切り刻まれる彼の正面は想像すらしたくない。
――――あーくん!!
三郎の声が聞こえた気がした。
実際に耳に届いたかは定かでない。
なにしろおそらく彼の口すら形容できない有様になっているはずだからだ。
刃が肉を粉々にしている破砕音が響き続けていたからだ。
三郎が両手で結城の両手を捉えた。
肉が弾けて腐り、神経と骨が露出した血だらけの指で。
それでも力強く掴んでいた。
ガガガガガガガガガガガガ!!
手首を掴んでも結城の斬撃は止まらない。
包丁を持っている両の手を封じられているはずなのに、正面に立っている三郎は切り刻まれ続けていた。
結城の全身はよく視認できなくなっていた。
彼の実体は目に映っているはずだが、形や輪郭がおぼろげだった。
ただ黒い人型の塊だった。
そして前進が刃と化していた。
何がどう動いて回転しているのかもわからない。
ただただ触れる物をすべて切り裂いていた。
それは三郎の掴んでいる手首も例外ではなく、掴んでいる彼の手を斬りつけ続けている。
だが三郎は離さない。
結城の動きを封じた姿勢を維持している。
肉をいくら砕かれようとも一歩も引かなかった。
結城の手首に走る赤筋が触手のように伸びる。
掴んでいる三郎の手を侵食する。
三郎が悲鳴を上げた。
――――ガァアアアああああああああ!!!! あーくん! 早く!!
全身を切り刻まれても動じなかった三郎の絶叫。
おそらく声帯が破壊されていたが故に甲高い獣の叫び声となっていた。
結城から伸びた赤筋は許容できない痛みを与えるものらしかった。
恐怖にかられた僕の足が前に出たのは、義務感だったのかヤケクソだったのか。
三郎の背面から左回りに結城の後方に向かって走った。
どうにかできる宛てがあった訳でもない。
ただ、後ろに回り込んで彼を羽交い締めにすることくらいしか考えられなかった。
二歩。
側面。
三郎から上がった血飛沫をまともに浴びた。
血霧が目に入って視界を奪われる。
目元を拭いながら三歩、四歩。
斜め後ろを取った。
結城の右肩が射程距離に収まる。
手を伸ばせば届く距離。
手を伸ばす。
結城に後ろから飛びかかる。
全方位どこに触れても切り裂かれることは頭からスッポリ抜けていた。
仮に飛びかかれていたとしたら僕もズタズタにされていたことだろう。
結果的に僕の手は結城に届かなかった。
彼が振り向いた。
首だけがグルンと180度回転した。
視線が交差する。
何故、結城の姿が見えにくくなっていたかようやく理解した。
見たくなかったからだ。
目を背けたかったからだ。
そのおぞましい形相から。
こちらを振り向いた彼の顔は血塗れだった。
肌は硬く冷たくなり死人の青白さ。
右首から左目にかけてと左頬に大きなヒビが入っていた。
目玉は充血しダラダラ黒い涙を流している。
だがそれでもなお、半月に開いた口はニタリと笑っていた。
その奥は底知れない暗闇だった。
息の根が止まった。
幼馴染の、結城のそんな変わり果てた姿を直視して頭の中が空白になった。
思考が喪失した。
体も固まった。
今まさに結城の肩を掴まんと手を伸ばした姿勢のまま、僅かな時間その場に凍りついた。
傍目には滑稽な姿だった。
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