205.-Case結城-助力

 ギィィ……ンッ!!

 金属で金属を弾いた音が響く。

 薄闇に蒼い火花が飛び散った。

 残り火が非存在の川に落下して鎮火する。


「なんで邪魔すんのよ!」


 結城が苦い顔をして睨みつけてくる。

 僕ではなく、僕の前にいる三郎へ。


「お前こそなにすんだ」


 気づけば、後ろへ半歩たたらを踏んでいた。

 前方に三郎が庇うように立ちはだかっている。

 彼に片手で掴まれ後方へ引き倒され、三郎本人は開いたもう片手で結城の斬撃を迎撃していた。

 助けられた、そう自覚するのに数秒を要した。


「ううぅぅ……邪魔なんだよ! 邪魔なのよあんた! 鬱陶しいんだよ! なんだよ、いきなりボクとあーちゃんの間に割り込んできて! 何が不良だよ! 今まで街にいなかったくせに! とつぜん出てきたくせに、あーちゃんの隣に居座ろうなんて図々しいんだよ!」


 ガリガリガリガリ……。

 結城が半狂乱になって髪を掻き毟った。

 両手で頭を抱えて爪を立てて一心不乱に。

 指に絡んだ細い髪がブチブチ抜けて舞い落ちる。


「愛情に時間なんて関係ないだろ。あたしはあーくんを想ってた。ずっとずっと想ってた。寝ても覚めても。遠く離れても片時も忘れたことがない。その深さはあんた以下じゃない」


 結城の包丁を迎撃した三郎の手は肥大していた。

 手首から先の筋肉だけがボコボコと歪に盛り上がっている。

 赤黒く変色し、青黒い太い血管がのたうちまわっている。


 しかし無事とも言えず、おそらく結城の斬撃を受けたであろう中指と薬指の間が主根骨から深く切り裂かれていた。

 急激な細胞の変異に伴って焦げた血液が、傷口からドクドク流れ出ている。


 彼の手に言い知れぬ息苦しさを覚えた。

 そうだ、これはあの赤黒の世界の異形と同じ物だ。

 今まで白昼夢や夢見心地で神経の鈍化していたからこそ素面で直視できていた。


 だが現世に物質として顕現した異形は、みるみる僕の精神を削り取っていく。

 頭痛と吐き気を覚えた。

 これは現実で目にしてはいけない物だ。


 夢やあの世の物は魂を通してしか見えない。

 しかし生きて肉眼で目にしてしまえば正気を保てる代物ではない。

 生身のフィルターを通してはいけないのだ。

 神話にもある。あの世の物を食したり触れてはいけない。


「ボクはあーちゃんと話をしたいんだ! どけよ! あんたは部外者! 関係ないんだからどっか行って!」


 結城が怒鳴り散らして威嚇する。

 耳に障る金切り声。

 鼓膜を貫く。


 三郎はどこ吹く風と涼しい顔で流した。

 面の皮が厚い、以上に場慣れしている。

 結城のゾッとする殺意を全身に浴びても平気だった。


「どけば、あんたはあーくんを傷つけるだろう。あたしはあーくんが大切だ。誰にも傷つけられたくない。あーくんを傷つける奴は誰であっても許さない」


 意外だった。

 危険極まる問題児だと思っていた三郎が今は僕を庇ってくれている。

 傷つけられるであろうと思っていた相手が、結果的に別の危険から身を守ってくれていた。


「嫌な奴! まるでボクが悪者みたいじゃない!」


 結城が持っていた包丁を投げ放つ。

 刃が空間を水平に横滑りする。

 赤黒の霧を切り裂いて前進した。

 同時に反対の手で新たな一本も抜き出していた。


 どすっ。

 三郎の眉間に刺さろうかという包丁は、とっさに庇われた彼の腕に阻まれた。

 歪に変形した前腕に深々と突き刺さった。


 その間に結城が接近していた。

 三郎の死角になった左からの切り上げ。

 上半身のバネを使い、腕が下から跳ね上がる。

 位置やタイミング的に避けようがなかった。

 銀閃が不気味なほどの速さで宙を斬る。

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