191.-Case三郎-真芯
「フラれたくせに未練たらしいのよ! 帰って枕を涙に濡らしてろ!」
三郎の変貌を待たずして、駆けだした結城。
思いっきり振りかぶった一閃を袈裟斬りにする。
三郎の変化は止まらない。
胸は切り裂かれたものの、黒い裂け目になっているだけで血も出ない。
それでも結城は無抵抗な三郎に斬撃を浴びせ続ける。
料理をする時に肉を包丁で刻む。その無感動さで。
袈裟斬り、逆袈裟、唐竹、右薙ぎ、左切り上げ。
斬って斬って斬りまくった。
一太刀、二太刀、三太刀、四太刀……。
五太刀目で硬質化した皮膚に包丁が弾かれた。
そこに立っていたのは三郎ではない。
鬼だった。
身の丈六尺を超える筋骨隆々な、真っ黒な鬼。
元の面影は全くなくなっている。
――ゴォオァアアァアアアアアアア!!!
鬼が咆えた。
同時に巨体が真っ直ぐに突っ込んできた。
「うげっ!」
結城が僕の手を引いて横っ飛びに逃げる。
黒い塊がすっ飛んできたようにしか見えなかった。
鬼の巨体が、直進してきて僕らを掠り通り過ぎた。
ブレーキが効かなかったらしく、その真後ろにある灯篭を薙ぎ倒しバラバラにする。
それでも勢いは止まらず、さらに後ろのお堂に正面衝突した。
斜めから向拝にぶつかり、広縁と外陣を破壊し内陣にまで食い込む。
「ば……バケモノ……」
鬼が立ち上がろうとしている。
被さった瓦礫がガラガラ巨体を転がり落ちていく。
背中を圧し潰していた、重そうな金具の取りつけられた桐箪笥(きりだんす)すら物ともしない。
ゾクリとした悪寒が脊椎を駆け抜けた。
今までに感じたことの恐怖を覚える。
あの鬼は、あの異形達と同じ存在だ。それもとても濃い。
異形達の独特な存在感が凄まじく濃縮されている。
人の、見たくないと目を逸らしている醜い本質。
さらに決定的に違うことが1つある。
素面で目の当たりにしていることだ。
異形達を知覚する時、夢中であったり現実感を喪失した状態であった。
常に現実から一歩引いていた。
何かしら思考や五感を欠如していた。
だが今、この時、現実世界で目にした異形はとても正視に耐えられないおぞましさを感じた。
自分のトラウマが顕現化し対面しているとでも形容しようか。
見てはいけない、見ていたくない、そんな直情的な印象をモロに受けるのだ。
頭痛がして吐き気がこみあげてくる。
あの鬼は人以上に”人間らしさ”が濃厚だ。
人が人として生きる上で、心のどこかに仕舞っていたはずの人間の芯の部分。
それも醜い方の。
「あーちゃん、ボーっとしてないで逃げるよ!」
ぐいっと手を引かれて我に返る。
結城が先導して駆けだしていた。
僕は引かれるままに足を前に出している。
「結城……」
「あんなバケモノ相手に真正面からド突き合いなんて冗談じゃない! 怪我しちゃう!」
走り出した先、それは木立の中。
お堂周辺の舗装された広場から、鬱蒼と木の茂る中に飛び込んだ。
折しもちょうど鬼が立ち上がった時だった。
思い出した。
あの鬼は、かつて夢の中で紅い獣と死闘していた鬼だ。
多少姿形は違えど、間違いなかった。
世界の裏側が現世に表出していた。
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