183.背徳
多少背中の汚れさえ気にしなければ、ゴロンと横に涅槃仏してしまっても良いだろう。
楽な体勢で鑑賞できる。
実際、そうしている客も幾らかいた。
虫や草汚れの付着など些末だ。
子供の頃同じようにしていた僕も、今はそれが少し気恥しかった。
手を後ろに突っ張らせて、後ろに傾いだ姿勢でなんとか誤魔化している。
これも斜に構えている、というのだろう。
寝転んでしまうことを思いとどまるのは小さな自分の自尊心だ。
三郎は座ったまま、喉を伸ばして真上に頭を仰け反らせていた。
足を投げ出し地面にベタ座りのままだ。
首を痛めそうだが平気なんだろうか。
不安定な体勢で口をあんぐり開けて魅入っていた。
結城はいずれも躊躇し、斜めに傾けた顔から流し見るように上方を伺っていた。
顔半分を袖で隠している。
どうしてもへんてこなザマを晒したくないという油断のなさ。
そうして40分ほどが過ぎた頃、花火玉の詰め替えか献金企業へのご機嫌取りか、アナウンスがスポンサーの紹介を兼ねた小休止を挟む。
観客としては打ちあがり続ける花火を鑑賞したいのだから、どこの会社が協力したなどどうでもいい話である。
だが露店で飲食物補給をしたりトイレ休憩に使ったり無駄とも言えない。
残念なことにこの場に露店は出店しておらず、既に食い散らかした焼きそばやフランクフルトソーセージの補充が効かない。
口寂しい。
「はー……花火って綺麗なんだねぇ」
三郎が開けっ放しの口から、感嘆の溜息を洩らした。
瞳に火花が弾けている。
彼にも芸術を慈しむ心があるらしい。
「花火、見たことない? あ、それとも直接ってこと?」
「……うん、昔はあんまり興味なかったんだぁ。自分で見ようとして直視したのは初めてかも。あーくんと一緒に見る花火だからかなぁ。今はとっても綺麗に思えるよ」
「……そっか。喜んでもらえて良かった、のかな」
「ボク、も。今年もあーちゃんと一緒に見れて嬉しいよ」
結城が尻の位置をずらしてこちらに体を寄せて、無理やり会話に割り込んでくる。
花火の破裂音がする中でもハッキリ聞こえる程度の大声で。
暗がりに、断続的に明滅する照明弾の明るさが彼の微笑みを浮かび上がらせる。
彼の瞳に僕が映っている。
僕は自分がどんな表情をしているのか分からなかった。
二重(ふたえ)。真っ白な結膜。
瞳孔が心なしか拡がっている。
角膜に心なしか赤みがかっていた。
何故だろう。
その微笑みに底知れさを感じる。
いつもの慈愛に満ちた笑顔のはずなのに、じっとりと場を侵食している。
ゆらめく陽炎のような赤い何かが。
息が詰まってくる。
苦痛になるほどの、背徳的な美しさと艶やかさ。
ずっと見ていてはいけない気がする。
ついっと目を逸らした。
「……あーちゃん、ちょっと来て」
結城が腕をぐいっと引っ張って僕を立たせようとする。
握られた二の腕が痛い。
「なにさ?」
「連れション」
訳が分からないまま、腕を引かれて境内中央まで歩かされる。
まさか本当に連れションではあるまい。
ここは仮設トイレすらないのだ。
もしかして僕が目を逸らしたのが気に入らなかったのか。
座っていた場所から10メートルほど離れた場所で結城が足を止めた。
特に何もない所で。
炸裂する花火。
照らされる石畳。
手入れが行き届かず雑草が隙間から伸びている。
茎をてんとう虫が登っていた。
毒々しい、赤と黒の色。
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